2025年12月13日土曜日

【ウルムチ】林則徐の像

 シルクロードのものがたり(87)

旅の8日目、この日の夕方のフライトでウルムチから上海に移動する予定だ。朝一番でウルムチ中心部にある紅山(こうざん)公園に向かう。紅山は標高934メートルだというが、ウルムチ市街地の海抜が700メートルだから、我々の感覚では200メートル少々の小山に登るといった感じだ。ここからウルムチ市街地が一望でき、遠くは天山山脈が遠望できるという。

150メートルほどはバスで登る。広場があり、地元の人たちが太極拳をしている。広場から頂上までの50メートルほどは徒歩で移動する。朝の空気がすがすがしく、とても気持ちが良い。道教の寺らしき建物が見える。

頂上に着くと大きな石像が建っている。近くに寄ってみると林則徐の像だ。

アヘン戦争に敗北した清国は、南京条約により香港を英国に割譲する。欽差大臣(きんさだいじん・特命担当大臣)としてアヘン問題処理の最高責任者であった林則徐は、アヘン戦争が決着する南京条約が結ばれる以前に、新疆に左遷されている。

林則徐が対応に失敗したからではない。英国側の艦砲射撃や英陸兵の上陸作戦に恐れをなした北京の皇帝側近の高級役人たちが、対英強硬策を採る林則徐を批判して、彼の更迭を皇帝に進言した。皇帝・道光帝は弱気になって変心し、林則徐を解任して琦善(きぜん)という男を新たに任命した。琦善は広東に着くや、林則徐のやったことをことごとくひっくりかえした。すなわち、林則徐ははしごを外されたのである。

アヘン戦争の経過を語るのがこの小文の目的ではない。しかし、あの時、英国に怯えることなく林則徐の方針の下で清国が徹底的に対英抗戦を続けていたら、清国は英国に勝利したのは間違いないと私は考えている。

国の外交にとって、相手国との交渉よりも、自国内の一致団結がなによりも重要であることを、このアヘン戦争は日本人に教えてくれた。高杉晋作をはじめとする明治維新直前の日本人は、これを他山の石とした。そして日本は西欧列強の植民地になることから免れた。しかし、現在の日本で気になることがある。新たに就任した女性の内閣総理大臣の政策や言動に対して、以前の男性の内閣総理大臣が批判めいた発言を繰り返している。これは国家にとって害多くして、益は一つもない。怪しからぬことである。自分が男を下げるだけだ。おおいに慎んでもらいたい。


林則徐が左遷された場所は、ウルムチよりさらに600キロ西方のイリ(イーニン・伊寧)である。ロシア(現在はカザフスタン)との国境の地だ。彼はウルムチを経由してイリに入っているが、この間の移動に16日間を要している。現在の新疆ウイグル自治区の首府はウルムチだが、清朝末期においてはイリが新疆ウイグル地域の中心都市であったようだ。

林則徐のアヘン問題処理での果断な実行力には大きな拍手を送りたい。同時に、この辺境の地イリでの善政にも目を見張るものがある。特に水利事業に力を入れ、農業生産を飛躍的に向上させている。具体的には河川から農地への水路を数多く建設し、同時にトルファンで紹介した「カレーズ」(地下水路)を大量に造らせている。先に述べたように、カレーズは林則徐が発明したものではないが、イリ地方の人々は現在でもこれを、林公井(リンコンチン)と呼んでいるそうだ。林則徐の政治姿勢は、外敵・英国に対しては「タカ派」であり、自国住民に対しては「ハト派」であったように見える。立派な人物である。

林則徐の娘婿に沈葆偵(しん・ほてい)という人がいる。この人は明治7年(1897)、明治4年に起きた宮古島の島民が台湾に漂着して原住民に殺害された事件の解決にあたった清国側の代表者である。義父と同じく欽差大臣(台湾問題担当)として対応した。ちなみに、このときの日本側の代表者は大久保利通であった。

この人にかぎらず、林則徐の子孫で、外交官・政治家・大学教授として活躍し、中国史に名を残した人物は10指にのぼる、と作家の陳舜臣は語っている。ご先祖の遺徳であろうか。


林則徐の像

紅山の山頂から見たウルムチ市街

紅山公園の山頂のお堂






2025年12月8日月曜日

【ウルムチ】白酒(バイジュウ)と白ワイン

 シルクロードのものがたり(86)

ウルムチ最後の夕食のレストランは、立派な店構の一流店だ。「バイジュウを置いてあるかなあ?」と商社で中国勤務が長かったY君が、ガイドのエイさんに聞いている。「お店に聞いてみます」と言って、しばらくして戻ってくる。「あるそうですよ。値段は530元だと言っています」と返事をしている。

なんの話だろうと思いながら、私はとなりに座るY君とガイドのエイさんの会話を聞いていた。お酒の話らしい。9日間の中国の旅が終わりに近つ”いたので、我々10人のツアー仲間の思い出に、何か記憶に残るイベントとしてY君が親切心で思いついたことのようだ。

「一流のレストランには置いてあるが、二流以下の店には白酒は置いてないんだよ」と同君が教えてくれる。日本円で一万円少々だ。グループの男性6人は多かれ少なかれ、みんなお酒を飲む。一人100元だからたいした金額ではない。話のタネに買って飲んでみようぜ、と話はすぐにまとまった。箱に入った高級そうな酒がテーブルに運ばれてくる。「伊力王酒」と書いてあり、アルコール度は53度とある。この種の蒸留酒は「白酒・バイジュー」と呼ばれている。

白酒で有名なのは、日中国交正常化の1972年、田中角栄総理と周恩来総理が「カンペー、カンペー」と盃をかわした「貴州・茅台(マオタイ)酒」だ。茅台酒は普通のもので5~6万円、高級品は一本100万円もするらしい。原料は高粱(コーリャン・モロコシ)・黍(キビ)で、この中国の白酒はスコッチウイスキー・コニャックブランデーと並び、世界の三大蒸留酒の一つと言われているそうだ。

白酒はストレートで飲むものだ、とのY君の言に従い、20CCほどの小型グラスについだものを恐る恐る飲んでみる。「旨いなあ」と思った。私はほどほどに飲む程度で酒豪ではないが、スッキリした味で、同時に深いうまみを感じる。「旨い酒だなあ!」とみんなから感嘆の声が上がる。ペットボトルをわきに置き、ときどき水を飲む。腹の中で水割りになる勘定だ。各人が飲んだアルコールの量は、どうだろう、ウイスキーのシングル3杯程度だろうか。みんな気分よく酔っぱらう。中国の旅の終わりにふさわしいY君の配慮に、みんな喜んでいる。


ホテルに帰ると、もう一本お酒が待っている。トルファンで買った白ワインだ。上海や東京に持ち帰ることは考えていない。封をしたままのワインを飛行機に積むことは可能だが、液体物を持ち込むときの検査がうるさい。いま一つ、荷物は出来るだけ軽くしておきたい。

さっきの白酒の酔いはすっかりさめている。やはり良い酒なんだと思った。3人で「ワインを飲もうぜ」という話になる。陸上部のY君は眠いので、風呂に入ってワインを飲んでそのまま寝るという。私の部屋からグラス1杯のワインを自室に持ち帰る。

ヨット部のS君は、自室でシャワーを浴びて私の部屋に来てくれる。2人でワインを飲みながら、昔の歌をおおいに歌う。S君と私は大学時代はヨット部だが、2人にはヨット部とはまったく別の世界があった。「貴族的野人会」という、田舎から出てきた元気者の文学好きが集まる結社である。居合道・少林寺拳法部の主将など硬派の連中もいて、皆で集まって酒を飲んで議論して歌を唄う。読んだ古典のことを語り合い、時には1~2泊で一緒に旅をする仲間十数人だ。この結社の総大将は、H君という信州・小諸出身の豪傑で、彼は現在S君と同じく名古屋に住んでいる。

そのころ唄っていた50曲ほどをノートに書き写し、それをコピーし小冊にして、今でも仲間が集まると一緒に唄う。戦前の唱歌・旧制高校の寮歌・軍歌が多い。ホテルの部屋の防音はしっかりしている。2人で1時間ほど大声で唄い、とても愉快な気持ちだ。50余年前と同じ歌を、今でも嬉しそうに唄う。「俺達まったく進歩していないなあ」と2人で笑った。

ちなみに、このとき唄ったのは次のような歌だ。

「月の砂漠」「あざみの歌」「北上夜曲」「船頭小唄」「蒙古放浪歌」「人を恋ふる歌」「一献歌」「青年日本の歌」「三高・紅萌ゆる丘の花」「三高・琵琶湖周航の歌」「八高・伊吹おろし」「水帥営の会見」「麦と兵隊」「軍艦行進曲」「酔歌」などだ。

おしまいの「酔歌」はポピュラーな歌ではない。我々仲間内だけの歌だ。仲間の大将のH君の母校・長野県立野沢北高等学校の応援歌「選手慰安の歌」の曲に、島崎藤村の『若菜集』の中にある「酔歌」を歌詞として唄う。


白酒・伊力王酒








2025年12月3日水曜日

【ウルムチ】ウルムチのバザール

 シルクロードのものがたり(85)

天山天池からウルムチ市内にもどり、すぐにバザールに向かう。午後の4時だ。このバザールというのは、中東・中央アジア・インドなどに住む人々の「市場」を意味する言葉だそうだ。地元の人々の生活物資を売る市場で、もともとは物々交換の形で始まったらしい。そこに、現在では多くの観光客は立ち寄っている。敦煌のバザールに比べると、ウルムチのほうはイスラムの匂いがぷんぷん漂っている。

丸ごとハミウリを買う予定もないので、3人でブラブラと見物して歩く。この、目的もなくブラブラ見物するというのは、気楽でなんとも気持ちが良い。イスラム帽子をかぶったお嬢さんの店でクッキーみたいなお菓子を少々買う。ヨット部のS君はザクロのジュースを買う。酸味がなく甘くてとても美味しい。石段に腰を掛け、これらを飲み食いしながら、3人で行き交う人々の顔をながめる。トルファンに比べると、青い目・金髪の人が多い気がする。


帰りの待ち合わせ場所と時間は、すでに決めてある。ガイドのエイさんのお姉さんが経営する「和田玉・ホータンギョク」の店だ。バザールの入り口近くにあり立派な店構えだ。お姉さんがお茶を出してくれる。何か買ってあげたいと思うのだが、適当な商品がない。ちょっとした小さな玉製品が5万円とか10万円もする。安い商品もある。くず石のネックレスが一つ千円程度で売っているが、これを買っても日本でもらってくれる人はいない。娘や家内から馬鹿にされるのが目に見えている。

「田頭さん、これはいいものだよ。安くしておくよ。代金は日本に帰って送ってくれたらいいから、持って帰ったら」とエイさんが言う。5-6キロ程度の本物のホータン玉の原石で、旅行バッグに入りそうだ。少しその気になって、値段を聞くと、「1500万円」だと言う。一瞬で怖じけつ”いてしまった。

「これは本物のホータン玉で、10年ほど前はこのクラスの玉には5000万円の値を付けて、上海や北京からの富裕層が気前よく買っていった」と言う。本当らしい。私が見た限りでは、お姉さんの店の構えは大変立派なのだが、買う人はほとんどいない。でもあまり気にしていない感じがする。景気にはサイクルがあり、次の好景気が来るまで、5年でも10年でも店の経営は大丈夫のようだ。お姉さんは今でも定期的にホータン(和田)に玉の買い付けに行っているという。

このホータン玉(和田玉)を売る店は、敦煌でもトルファンでも何十軒も見た。玉門関は二千年以上前に、このホータン玉(崑崙の玉)の密輸入を防ぐために造られた関所である。私はこの「ホータン玉」というものに以前から興味を持ち、このブログでも「崑崙(こんろん)の玉」と題して掲載した。今回の旅行での見聞から、私が考えていた以上に、この「崑崙の玉」は、今なお中国人の意識と生活の中に深く根をおろしているように思った。


ウルムチのバザール
イスラムの匂いがする


ウルムチのバザール

イスラム帽子のお嬢さん

石榴屋さんでS君がザクロジュースを買う

エイさんのお姉さんのホータン玉の店

2025年11月25日火曜日

【ウルムチ】天山天池(てんざん・てんち)

 シルクロードのものがたり(84)

新疆ウイグル自治区は日本の4.4倍の面積を有し、人口は2500万人だという。ウルムチはその首府で人口は約400万人だ。

旅の7日目、ウルムチでの観光はこの天山天池からはじまる。ウルムチ市内から北東90キロに位置し、天山山脈東側の標高1980メートルの場所にある湖の景勝地だという。

山道を走るのでスピードはあまり出せない。ホテルからバスで2時間ほど走り、天池(湖)のふもとの駐車場で観光用のシャトルバスに乗り換える。その後また15人乗りのカートに乗り換えて目的の湖に着く。合計で3時間近くかかった。ウルムチのホテルが海抜700メートルと聞いたので、1300メートルほどバスで登った勘定になる。

トルファンの火熖山(かえんざん)もそうだが、今まで新疆ウイグル自治区で見た山は、樹木のはえてない岩山だった。しかし、このあたりの山々には樹木が多い。清流も流れていて、軽井沢あたりの山道をドライブしているような気分だ。

「天池」に着くと、観光客がとても多い。欧米人や日本人などの外国人の姿はほとんど見えない。ほぼすべてが中国人だ。敦煌やトルファンでも感じたが、中国の大都市から西域(シルクロード方面)への観光客がとても多い気がする。50年ほど前の司馬遼太郎の『街道をゆく』の中に、「中国の大都市に住む漢人でシルクロード方面に関心を持つ人は少ない」との記述があったが、この50年で大きく変化しているようだ。

その理由を考えてみる

一つは、中国人が経済的に豊かになったことだ。現在の中国経済はけっして良くはない。以前のように日本や欧米を旅行して「爆買い」はしなくなった。それでも、家族連れで時に国内旅行を楽しむことは、中流以上の市民にとっては難しいことではないように感じる。二つ目は、当初は政府のキャンペーンがあったかも知れないが、現在は国民一人一人が「かつての中国の栄光の歴史」に目を向けたいとの気持ちが高まっているように思える。三つめは、8月下旬は日本と同じく子供の夏休みの終わりころだ。可愛い「一人っ子」が、「どこかに連れていってよ」とおねだりして、親が奮発しているのかも知れない。また本題から外れてきたようだ。「天山天池」の観光にもどる。


「天山天池は中国のスイス」と中国人は自慢しているらしい。私はスイスに行ったことがないので比べることはできないが、上海を含めて今まで中国で見た景色とはまったく異なる。樹木の量は日本ほどは多くなく、一部は岩肌だけの山も見えるが、バスが走る道沿いは緑一色の景色である。針葉樹は「モミ」、落葉樹は「白樺」が多い。

「天池」では定員100人ほどの観光船に乗り、40分ほどの遊覧航海に出る。全員がライフジャケットを身に着ける。S君とは大学時代の葉山・館山ではいつもこの格好だったので、ヨット部時代を思い出す。

湖の水は青く美しい。この湖は長さ3.4キロ、幅1.5キロの半月形をしていて、最も深い場所は深度105メートルだという。魚もいるらしい。遠くの天山山脈を見上げると、8月なのに雪をいただいた峰々が美しく連なる。写真の左側の雪をいただく高峰は、ボゴダ峰という5445メートルの山だ。モンゴル語で「聖なる山」という意味だと聞いた。

今回のシルクロード砂漠の旅の中では、この「天山天池」は一風変わった体験だった。快晴で真っ青な空に、太陽がサンサンと照りつける。それでも気温は23-25度で空気は乾燥していて涼しい。とても爽快な気分だ。

旅行会社のツアー企画の人は、うまいぐあいに、刺激的な観光地をセレクトしているものだと、感心した。

天山天池の入り口

みんな上着を着ている

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          


ヨット部時代を思い出す

左の雪を頂く山がボゴダ峰

2025年11月21日金曜日

中国の風力発電・トルファンからウルムチへ

 シルクロードのものがたり(83)

高昌故城、カレーズ地下水路などを見学したあと、トルファンでのおしまいの観光は「ウイグル族のお宅へ家庭訪問」とスケジュール表に書いてある。

なんだろう?と思っていたら、ウイグル族のぶどう農家を訪問して、立派な葡萄棚の下で生のぶどうや干ぶどうをご馳走になる。葡萄棚の下からたわわに実る葡萄を見上げると、「西域にやってきたな!」という実感がする。素朴な感じの老農夫が対応してくれるが、この人、商売っ気は感じられない。そのぶっきらぼうな対応が「剛毅朴訥(ごうきぼくつとつ)仁に近し」の感じがして、好感が持てる。

「ここでは美味しい自家製のワインが買えます」とガイドのエイさんは言うのだが、老人は買ってくれとも言わないし、商品も見せない。こうなると、人の心は面白いものだ。「ワインはどこにあるの?1本買いたいから見せてください」とつい言ってしまう。ウルムチのホテルで3人で飲もうと思い、白ワインを1本買う。3000円ほどだ。


その後、バスでトルファンからウルムチに向かう。約200キロの行程をトイレ休憩を入れて3時間で走る。時速80キロ前後のスピードだ。右も左も草木は一本もない砂漠の中を走る。鳴沙山のような細かい砂ではなく、小石が混じる「礫砂漠・れきさばく」といわれる荒野が続く。はじめの40分ほどは、なにもない荒野だったが、そのあと急に景色が変わる。

バスの右側にも左側にも、巨大な風力発電のプロペラが出現して、それがえんえんと続く。ウルムチに着くまで、2時間もこの光景が続き、とても驚いた。

「このあたりは世界最大の風力発電地帯です。ここからは見えませんが、あの丘の向こう側にも同じくらい造られています」とエイさんが説明してくれる。「中国の風力発電のスタートは1995年です。デンマークから500基の小型のプロペラを購入したのが最初です。現在では世界一の風力発電の国になりました」

「どのくらいの数のプロペラが設置されているのですか?」との質問には「わかりません」との返事だ。自分なりに知恵をしぼり計算してみる。時速80キロのバスで2時間走るのだから160キロだ。右側に20基、左側にも20基のプロペラが見える。500メートル間隔で設置されていると仮定して計算すると、1万2800基という数字が出る。丘の向こうにも同じくらい設置されているとすれば、2万5600基となる。これら以外に火力発電所の煙突も見える。太陽光発電は見えなかったが、「別の場所に大量に設置されている」という。

「こんなに大量の電力、新疆ウイグル自治区だけで消費できるのですか?」

「青海省やチベット自治区にも、ここから電気を送っています。北京や上海は距離が遠いので、電線で送ると電圧が下がります。よって現在、中国では蓄電池の研究・製造に全力を挙げています」とエイさんは教えてくれる。

新疆ウイグル自治区の電気料金はずいぶん安いらしい。ちなみにエイさんの家の電気代を聞いてみると、「家族5人でエアコン・扇風機・冷蔵庫はもちろん使っているが、ひと月の電気代は1500円程度」だそうだ。日本に比べると十分の一くらいの安さだ。


私はこのCO2削減・脱炭素に関しては積極的な賛成派である。一刻を争う重要事項だと考えている。ただ、今回この中国の気が遠くなるような数の風力発電所を見て、日本の将来を考えると、気持ちが萎えてきて頭を抱えている。地理的条件(風土)と、政治・行政などの条件を考えると、中国のほうが日本より圧倒的に有利な立場にある。日本の陸上・洋上風力発電にかかる巨額な費用に比べると、中国は極めて安価で発電できるのが素人目にもわかる。

さあ、日本はどうするかだ。バイオや地熱による発電が効率が悪いことは承知している。それでも、日本人は知恵をしぼってこのCO2削減に邁進する必要がある。私の専門の分野ではないが、この問題は日本にとって待ったなしの、極めて重要な課題であると考えている。

アメリカの大統領は「石油や石炭を、掘って掘って掘りまくれ」と言っている。これは間違いだと思う。これに比べると中国政府はCO2削減のための再生エネルギー、特に風力と太陽光に本気で力を入れている。

近頃の中国の外交問題に関する発言は、国際社会からひんしゅくを買っている。私も眉をひそめている一人だ。ただ、それはそれとして、この「CO2削減」一点に絞ると、今後、世界の心ある国々(人々)は、アメリカではなく中国に対して、尊敬の気持ちを抱くようになるのではないかと思った。

葡萄棚・トルファン



葡萄をご馳走になる


風力発電 トルファン・ウルムチ間


風力発電のプロペラ
ウルムチ近くになり、草も見える





トルファンの葡萄・平山邦夫画

2025年11月17日月曜日

【トルファン】カレーズ(地下水路)

シルクロードのものがたり(82)

 新疆ウイグル地域にかぎらず、イラン・アフガニスタン・メソポタミア・アラビア半島・エジプト・北アフリカなどの砂漠・乾燥地帯には、多くの人が住み、しかも高度の文明を築いてきた。水の供給さえできれば、砂漠や乾燥地は人間が住むには適した場所らしい。第一に病原菌が少ない。第二に人を襲う猛獣が少ない。

「エジプトはナイルの賜物」とヘロドトスが言うとおり、エジプト文明はナイル河の恩恵による。メソポタミア文明も、チグリス・ユーフラテス両大河の恵みによる。これらに比べ、ここ新疆ウイグル自治区を含め、イラン・アフガニスタン・アラビア半島・北アフリカなどの砂漠地帯の人々は、この人工の地下水路による水で生活してきた。高山に降る雪や雨水を、地下水路を通して人間が住む場所に運んだのだ。

このカレーズの起源は古代ペルシャ(イラン)にあるという。イラン中央部で3000年以上前に建設された人工の地下水路が発見されている。イランではこれを「カナート」というそうだ。このイラン中央部の水源は、ザクロ(石榴)の原産地といわれるザクロス山脈にある。この巨大な山脈には雪をいただく4500メートル級の山々が連なっている。地下水路によって水を得るというやり方は、古代ペルシャで始まり東と西に波及したようである。

少し焦点がずれてきた。本題のトルファンのカレーズに話を戻す。


年間降雨量16ミリのトルファンの人々は、このカレーズのおかげで生活できている。トルファンのカレーズの水源は、いうまでもなく雪をいただく天山山脈にある。ウルムチ・クチャなどの都市も天山山脈の水の恵を受けているが、ここトルファンがその代表的なオアシス都市だと、ガイドのエイさんは説明してくれる。

カレーズ建設の方法を文章で説明するのはむずかしいが、ひと言でいうと次のようになる。「天山山脈の雪解け水や雨水が地下にもぐる。その水脈に見当をつけて縦穴を掘る。水が出るようであれば横穴を掘る。土砂はもっことロープを使って、人力と馬の力で地表に出す。同時に20メートルおきぐらいに別の縦穴を掘り、横穴とつなぐ。土砂は同じく人力と馬の力で地表に上げる」

この作業をくりかえし、何キロ・何十キロの地下水路を建設する。この説明では充分に理解できないかもしれない。カレーズ見学の際、付属の博物館で写したカレーズ建設の写真がある。これを見ていただければ理解が早いかもしれない。

体力を要する、同時に危険をともなう作業だ。当然、莫大な費用がかかる。よって、新しくカレーズを造るのはその時代のお金持ちの仕事となる。何十人・何百人もの人を雇い、何十頭もの馬を使って、この作業を何か月も何年も続けて完成させる。

「カレーズ(枯れず)といいますが、トルファンのカレーズはずいぶん枯れてきました。昔は1200のカレーズに水が流れていましたが、現在は500ほどです」とエイさんはダジャレを交えながら説明してくれる。「この数十年、自宅用の井戸を掘る技術が発達し、また費用も安くなりました。自宅に井戸を掘る人が増えて、そのためにカレーズの水が枯れてきたのです。ですから、自治政府は最近、市民がかってに自分の井戸を掘るのを禁止しました」

古代からごく最近まで、このカレーズの水の権利は、掘った人の家に所属したという。水道のメーターはないので、水を使用する各人の農耕面積や家族の人数をもとに、一か月いくら、と金額を決め代金を徴収したという。

「ですから、金持ちの先祖がカレーズを造ってくれたら、子孫は何百年もこの水の代金だけで生活ができました。私の先祖は貧乏だったので、子孫は恩恵を受けませんでした。でも、人民共和国が成立して以降は、このカレーズの水の利権はなくなりました」とエイさんは言う。

カレーズの水の利権が突然ゼロになったのか、それとも日本の徳川時代の士族が、明治維新のとき、何年か分の生活費として一時金をもらったように、なんらかの保証があったのかは聞きそびれた。


トルファンのカレーズ


清流が流れている

カレーズの造り方

カレーズの造り方

カレーズの造り方

上空から見たカレーズ


「日本の首相がここで写真を撮りました」
とエイさんが言うのでみんなそれに倣った

2025年11月13日木曜日

【トルファン】玄奘と〇〇将軍(3)

 シルクロードのものがたり(81)

〇〇将軍のことが気になってしかたがない。ただ、これから書こうとすることには歴史的事実の裏付けは少ない。よってノンフィクションとは言い難い。そうかといって、小説にもならない気がする。洛陽出身の〇〇さんは、どのような理由で高昌国の人となったのか、高昌国がなぜ亡びたかについての、私の空想であり夢想である。

いくつかの想像ができる。

この人は高昌国で将軍になったのだから、若い頃は隋帝国の将校であった可能性が高い。高句麗遠征で敗北した軍団の中の将校の一人であったのか。あるいは、巨大運河建設を指揮する将校で、その仕事が嫌だったのか。いずれにしても、本人は隋王朝に愛想をつかし、もしくは追われるように亡命のかたちで、隋から高昌国に入ったような気がする。そしてこの国で将軍になったのだから、有能な人物だったのであろう。

高昌国だけではない。新疆ウイグル地域のいくつもの小・中の国々は、何千年に渡り、つねに中国(このときは唐)と西方の強国(このときは西突厥・にしとっけつ)との間に挟まれ、両大国の勢力を見極めながら、いわば「コウモリ外交」を展開してきた。これ以外に生き残るすべがなかったのだ。


高昌国は、隋王朝に対しては一目置き、これを尊敬していた。これに比べ、建国まもない唐王朝を軽んじていたように感じる。

高昌王・麴文泰は「私は先王と中国に遊び、隋帝に従って各地を訪れました」と慧立の記述の中で語っている。そして他の「隋史」を読むと、「高昌国王・麴伯雅(きく・はくが・文泰の父)は自国の将兵を率いて、隋の高句麗遠征に従軍した」とある。あるいは息子の文泰も、父と共に高句麗軍と戦ったのかも知れない。この事実は、〇〇将軍と高昌国王親子との関係を想像させる材料になる。

いくつかの書物によると、隋という国は自国民に対して無慈悲だったのに比べ、朝貢してくる周辺の国々に対しては、派手で気前の良い王朝だったらしい。大盤振る舞いの派手な宴会を繰り返し、彼らの帰国に際しては莫大な贈り物を持たせた。これにより、高昌国だけでなく西域の小・中の国々は、隋は強大な大国だと認識しこれを尊敬した。隋に比べ建国当初の唐は、国力の増強に力を入れ、自国内に富を蓄えようとして、大盤振る舞いをしなかった。西域の小・中の国々から見たら、初期の唐は地味でけち臭い王朝に見えたのかもしれない。


さて、高昌国の最後についてである。玄奘が西に向かって出発するとき、高昌国王は西突厥王に、莫大な贈答品を献上している。同時に、西突厥王への手紙の内容を見ても、当時、高昌国が西突厥と政治的にとても距離が近いことが読み取れる。このころすでに、高昌国は唐とは政治的には疎遠であったように感じられる。

具体的な唐と高昌国との対立は、次のようなものであった。639年、高昌国王・麴文泰は近辺の三つの小国を攻撃してその城を占領した。敗北した三つの国はこれを唐王朝に訴え、助けを求めた。唐の太宗は麴文泰に対して、事情聴取をしたいので長安に来るようにと命じた。いざとなれば西突厥が助けてくれると思っていた麴文泰は、病を理由に太宗の命令に応じなかった。激怒した太宗は640年大軍を高昌国に送った。西突厥は助けてくれなかった。

〇〇将軍の死後、麴文泰の側近には、的確に自国を取り囲む国際的な政治状況を判断する人がいなかったのではあるまいか。よって、麴文泰は政治判断を誤ったと私は考えている。


慧立の『玄奘三蔵伝』には、このとき高昌国に二人の漢人の僧がいたと、その名前も書き残されている。将軍であり宰相であり、かつ玄奘とこれだけ縁のある〇〇将軍の名前がこの伝記に書かれていないのは、私には腑に落ちない。私なりにじっと考えてみる。

玄奘はこの将軍の名前と、将軍が洛陽の出身であることを含め、彼との会話の内容を弟子の慧立に語ったと考える。そうでないと、玄奘が天山北路を止めて、天山南路にある高昌国に立ち寄った理由が、弟子の慧立に理解できないからだ。

これを聞いていた慧立は、玄奘の没後、伝記を執筆しながら考えたに違いない。すでに〇〇将軍は亡くなって、高昌国も滅んではいるが、たった二十数年前のなまなましい出来事である。この『玄奘三蔵伝』は、どこかの時点で唐の皇帝や大官が読むことになるであろう。僧の名前は記して良いが、〇〇将軍の名前は記載しないほうが良い。慧立はこのような政治的配慮をしたように、私には思える。