2021年12月6日月曜日

お金の話

私は貧乏ではないが、金持ちでもない。 日本では少数人種になりつつあるらしい中産階級の一人であろう、と勝手に思っている。

コロナ関連やテスラの株を買って儲けたよ、と言う友人もいるが、私にはそのような才能はない。臆病で度胸がないからだと思う。よって、資産運用の話などは、まったくできない。

「学道の人すべからく貧なるべし。財多ければ必ずその志を失う」と道元は「随聞記」に言う。「足るを知る者は富む」と老子は言う。よって、「自分ぐらいがちょうど良いのだ」と自身に言い聞かせている。

「続日本紀」やその他の古文書にある古い資料から得たうんちくを、何回かにわたってご披露したい。日本最古の貨幣「和同開珎」について、近頃興味を持って調べている。そのあたりのことを紹介したい。


奈良の正倉院には当時の宝物がたくさん残っているが、1200年前の借金の証文も残っている。宝物として残したのではない。たまたま残っていたのだ。聖武天皇が「東大寺」を造営するにあたり、「造東大寺司」という役所がつくられた。この役所の長官に任命されたのが、70歳を目前にした吉備真備である。

「奈良時代の定年七十歳」で以前ブログにこのことは書いた。吉備真備は本心から、「もう引退させてください」と聖武天皇にお願いしたのだが、「ダメダメ、いましばらく仕事をやっくれないと困る」と言われて、この仕事を引き受けた。

この東大寺建立の60年ほど前に、はじめて日本で貨幣が鋳造された。お金の誕生とともにいくつもの悲劇・喜劇ははじまる。この役所の写経所(しゃきょうしょ)で働く下級職員たちが役所から借金をするとき、証文を書いた。ただ紙は当時貴重品であった。この証文書の裏を、何年か経って、役所の購入品などを記すために再利用したらしい。

よって、書いた本人たちは夢にも思わなかったことだが、1200年以上経った今日、この不名誉な記録が我々の目に触れることになった。写りが悪く恐縮だが、下にあるのが丈部浜足(はせつかべの・はまたり)という54歳の下級役人が書いた、借金の証文である。「妻子帯質物」という文字が見える。

次回はこの内容をご披露したい。











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