2026年5月1日金曜日

魏晋南北朝・「木蘭(もくらん)の詩」(2・完)

 シルクロードのものがたり(106・完)


木蘭(もくらん)の詩    無名氏

喞喞(そく・そく) 復(ま)た喞喞(そく・そく)

木蘭 戸(こ)に当たりて織(お)る

機杼(きちょ)の声を聞かず

唯(た)だ女(むすめ)の嘆息(たんそく)を聞くのみ

女(むすめ)に問う 「何の思(おも)う所ぞ」

女(むすめ)に問う 「何の憶(おも)う所ぞ」

「女(むすめ) 亦(ま)た思う所無く

女(むすめ)亦(ま)た憶う所無し

昨夜 軍帖(ぐんちょう)を見るに

可汗(かかん)大いに兵を点(てん)じ

軍書十二巻

巻巻(かんかん)に爺(ちち)の名有り

阿爺(ちち)に大児(だいじ)無く

木蘭に長兄無し

願わくは為に(ため)に鞍馬(あんば)を市(か)い

此(こ)れより爺(ちち)に替(かわ)って征(ゆ)かん」

松枝茂夫氏は次のように訳している。

ハーッ、ハーッ、しきりにため息をつきながら、木蘭が戸口に向かって機(はた)を織っている。機の音はとだえがちで、木蘭のため息ばかりが聞こえてくる。「木蘭よ、おまえはだれのことを思っているのか、何を思い出しているのか」

「いいえ、わたしはだれを思うのでも、何を思い出したわけでもありません。わたしは昨夜、徴兵名簿を見たのです。このたび国王は大規模な徴兵を命ぜられ、名簿は十二巻にものぼりましたが、どの巻にもお父さんの名前が記載されていました。(私のお父さんは年老いていて病弱です・田頭挿入)お父さんに代わって兵隊になるような男の子がありません。わたしの上には兄もいないのです。私は馬と馬具を買って装備を整え、これからお父さんの代わりに出征する決心をいたしました」


東市に駿馬(しゅんめ)を買い

西市に鞍韉(あんせん)を買い

南市に轡頭(ひとう)を買い

北市に長鞭(ちょうべん)を買う

旦(あした)に爺嬢(ちちはは)を辞し去って

暮(くれ)には黄河の辺(ほとり)に宿(やど)る

聞かず 爺嬢(ちちはは)の女(むすめ)を喚(よ)ぶ声を

但(た)だ聞く 黄河の流水の鳴くこと濺濺(せんせん)たるを

旦(あした)に黄河を辞し去り

暮(くれ)に黒山の頭(ほとり)に至る

聞かず 爺嬢(ちちはは)の女(むすめ)を喚(よ)ぶ声を

但(た)だ聞く 燕山(えんざん)の胡騎(こき)の鳴くこと啾啾(しゅうしゅう)たるを

木蘭はあちこちの市場をめぐり歩き、駿馬と馬具類ー鞍・鞍敷・くつわ・鞭ーを買いととのえた。ある日の朝、父と母に別れを告げた木蘭は、日暮れに黄河のほとりに達して一夜の宿をとった。もはや父母の娘を呼ぶ声は聞こえず、黄河の流れのザーッ、ザーッという響きが聞こえるだけである。翌朝、黄河を離れ、夕方には黒山のふもとに達した。もはや父母の娘を呼ぶ声は聞こえず、燕山の胡人の乗馬のもの悲しいいななきが聞こえるだけである。


万里 戎機(じゅうき)に赴(おもむ)き

関山(かんざん) 度(わた)ること飛ぶが若(ごと)し

朔気(さくき) 金柝(きんたく)を伝え

寒光(かんこう) 鉄衣(てつい)を照らす

将軍は 百戦して死し

壮士(そうし)は 十年にして帰る

木蘭の従軍した部隊は、遠く万里の彼方、決戦場へと向かった。まるで飛ぶかのように、関所の山をつぎつぎに越えていった。北の冷たい空気がドラの響きを伝え、冷たい光がよろいを照らす。このような戦場で、百たびもの戦いのすえ将軍は戦死したが、若き兵士木蘭は従軍十年ののち、ようやく帰還することができた。


帰り来たりて 天子(てんし)に見(まみ)ゆるに

天子 明堂(めいどう)に座(ざ)す

策勲(さくくん)は 十二転し

賞賜(しょうし)は 百千強なり

可汗(かがん) 欲する所を問う

「木蘭は尚書郎(しょうしょろう)を用(もち)いず

願わくは 千里の足を馳(は)せ

児(じ)を送って 故郷に還(かえ)さんことを」

帰還した木蘭は国王に召し出された。国王は明堂(重要な政務をとるときの御殿)に座して引見した。その功をねぎらって一足飛びに十二階級も昇進させ、千を越える賞与の品々を賜った。そして、さらに言葉をかける。「ほかに欲しいものがあれば申してみよ」木蘭は答えた。「わたくしは尚書郎(注・中央官庁の課長・部長級の地位)というような高い位は望みません。それよりも一日千里を走る馬を駆って、少しでも早く、わたくしを故郷に帰していただきたいのでございます」


爺嬢(ちちはは)は 女(むすめ)の来(きた)るを聞き

郭(かく)を出でて 相扶将(あいふしょう)す

阿姉(あね)は 妹の来るを聞き

戸(こ)に当たって 紅妝(こうしょう)を理(おさ)む

小弟(おとうと)は 姉の来るを聞き

刀(とう)を磨き 霍霍(かくかく)として豬羊(ちょよう)に向かう

我が東閣(とうかく)の 門を開き

我が西閣(せいかく)の 牀(しょう)に座し

我が戦時の 袍(ほう)を脱ぎ

我が旧時(きゅうじ)の 裳(しょう)を着け

窓に当たって 雲鬢(うんびん)を理(おさ)め

鏡(かがみ)に対して 花黄(かこう)を付(つ)け

門を出でて 火伴(かはん)を看(み)るに

火伴(かはん) 皆(み)な驚惶(きょうこう)す

「同行すること十二年 知らず 木蘭の是(こ)れ女郎(じょろう)なるを」

父と母は娘の帰還の知らせると聞くや、城門を出て、手を引きあいながら迎えた。姉は妹が帰ると聞くや、戸口に向かってお化粧を始めた。弟は姉が帰ると聞くや、シュッシュッと刀を研いで、さっそく豚や羊を屠(ころ)しにかかった。やがて木蘭は家に着くと、わが家の東の二階家の戸を開けて入り、西の居間の寝台に腰をかけた。これまで着ていた軍服を脱いで、むかしの衣裳を身につける。窓に向かって髪をととのえ、鏡を見ながら白粉(おしろい)をつけた。その姿で表に出ると、同行の戦友たちは、ひとり残らずびっくり仰天。十二年間も行を共にしていながら、木蘭が女であることにだれも気がつかなかったのだ。


西域や蒙古の人たちは、あまり風呂に入らないらしい。しかし水浴くらいはするだろう。十二年間だれも気付かなかったとは考えられない。不思議、不思議である。

いやいや。そんな細かいことは言うまい。木蘭の生還を心から喜ぶ。めでたし、めでたしであった。













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