2019年5月13日月曜日

奈良時代のボンクラ大学生

近頃は、中途採用での良質の人材が少ない状態にある。
新卒の大学生も、いわゆる「売り手市場」であるらしい。
企業の人事の方々からも、「新卒の良い人材が採りにくい」、「学生がずいぶん強気だ」などの声が聞こえる。

我々は、新卒の人は扱っていない。
職歴のしっかりした30代―50代の人材が中心であるが、時として入社2-5年ぐらいの若い候補者にお会いすることがある。

基礎学力があり、人柄も素晴らしい若者もいるが、たいした職歴も実力もないのに、ずいぶんと自己主張する人もいる。

「その程度の給料ですか」、「成果報酬型の会社で働きたい」、「ストックオプションが欲しい」などと言うのはまだ良いほうで、中には、「田頭さんはCEO・COOの求人案件は持ってないのですか?」
と聞いてくる青年もいる。

志を高く持つことは悪いことではないが、25・6歳の青年がこんな発言をするのを聞くと、滑稽に思える。

「そんな考え方では駄目ですよ。若いうちは目先の給料やポジションにはこだわらないで、立派な上司のいる良い会社で、実務を覚えるのと同時に人間としての幹を太らせることが大切だと思います。アンドリュー・カーネギーを見習ってください」
などと、よかれと思い忠告することもある。

すなおに反応してくれる若者もいるが、「年取ったヘッドハンターが説教しやがって、、」
といった顔をする人もいる。


近頃の若者だけがそうなのか、と思っていたら、「続日本紀」を読んでいて、奈良時代の大学生の中にもその種の若者がいたことを知った。

「勉強せず充分修行もしてないくせに、良い就職をしたがった奈良時代のボンクラ大学生」という題名を考えたが、長すぎるので、上記のように短くした。


元正天皇の霊亀2年(716)5月22日の記述に、次のようにある。

「五月二十二日、次のように制した。
大学寮・典薬寮の学生らで、まだ充分修行していないのに、みだりに任官の推薦を求める者がある。このような者たちは、今後、国博士(くにはかせ)や医師に任命してはならぬ」

奈良時代の勉強しない大学生のことを、笑いながら読んでいたのだが、ふと自分自身の大学時代をふりかえり、思わず赤面した。


私は大学時代、体育会ヨット部に所属して、年間120日ー140日の合宿を、夏は千葉県館山市の西端の波佐間で、それ以外は葉山の森戸海岸で過ごしていた。

合宿が終わり吉祥寺の下宿にもどってからも、大学にはめったに行かなかった。
経済学の勉強はほとんどしないで、歴史書や小説を読みふけり、下宿にたむろする友人たちと連日酒を飲んでいた。

自分では、インカレ上位を目指してヨットに励み、読書にふけり、また酒を飲んで「浩然の気」を養っているつもりだった。

このような生活なので、大学の成績はすこぶる悪い。かろうじて4年間で卒業した。

そのくせ、ツテを求めて人並みに「良い会社に就職したい」と右往左往していたのだから、
世間からみたら、「親の脛をかじり遊び呆けているボンクラ大学生の見本」みたいなものだったと思う。

「奈良時代のボンクラ大学生」を笑える筋合いではない。


ただ、次のようにも考えた。

皆が皆、アンドリュー・カーネギーのような青年であれば、世の中、立派な成功者ばかりになってしまう。

それもなんだか味気ない。

自分自身を含めて、奈良時代のボンクラ大学生や現在のツッパリ青年を含め、若者というのは自意識過剰ぐらいがちょうど良いのかも知れない。

そんなことを考えながら、みずからを慰めている。










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