2021年4月12日月曜日

ポツダム宣言の黙殺(1)

 昭和天皇と鈴木貫太郎(21)

ドイツのポツダムで米・英・ソの三巨頭会談が開かれていることは、中立国経由で日本政府は知っていた。スイスには日本公使館員・駐在武官以外に、三井物産・横浜正金銀行・各新聞社などの民間人が相当数いた。三ヶ国が発表するであろう宣言を、日本政府と軍部はかたずを飲んで見守っていた。

日本時間の45年7月27日の午前7時から、アメリカ西海岸・ハワイの短波放送、サイパンの中波放送が宣言の内容をくりかえし放送した。日本では、外務省・NHK・同盟通信社・陸軍省・海軍省がこれを受信する機能を持っていた。実際には、海軍の艦船や陸軍の大きな部隊は高性能の受信機を持っていたので、このポツダム宣言を受信している。


東郷外相が受けた第一印象は、「天皇の地位保障が入ってない点は厳しいが、全体としては悪意に満ちた内容ではない。この宣言は受諾すべきだ」というものであった。

「日本国軍隊は完全に武装を解除せられたる後、各自の家庭に復帰し平和的かつ生産的の生活を営むの機会を得らしむべし」、「吾等は日本人を民族として奴隷化せんとし又国民として滅亡せしめんとする意図を有するものに非ず」などの箇所は、グルーとドーマンが心血をそそいで書き上げた文章である。

東郷外相が「これは受けるべきだ」と判断した大きな理由は、「吾等の条件は下記の如し」の箇所である。「これはあきらかに無条件降伏を求めたものではない。条件付きの講和を求めた宣言である。ドイツに比べてさほど苛酷なものではない。天皇の地位保障は記載されてないが、アメリカはこれを認める腹ではあるまいか」老練の外交官・東郷はそう直感した。

外務次官の松本俊一は、「がんらい無条件降伏というのは一種の言葉の遊戯であって、停戦交渉にはかならず何らかの条件があるものだ」との考えを持っていた。この宣言文にも「無条件降伏」という表現は、第13条の「日本国軍隊の無条件降伏」と、軍隊においてのみ用いられているのを読んで、自分の見解に自信を持った。すなわち、この宣言は「日本政府との条件付での降伏勧告文書である」と確信した。

このように、外務省はこの宣言を受諾するほかない、との意見ですぐさま一致した。しかし、案の定、陸軍から受諾絶対反対の声があがる。トルーマンとバーンズが天皇条項を削ったのは、この日本陸軍の反対を期待したうえでのことである。


受けるに受けられないように周到に細工された、このポツダム宣言を受け取った日本政府の立場は苦しいものであった。総理・鈴木貫太郎としては、天皇の地位保障が記されていないこの宣言をすぐに受諾するわけにはいかない。そうかといって、外相の言うことはわかる。これを拒否するのはよくない。この時の鈴木総理の正直な気持ちは、「ノーコメント」というのが一番近い。

ところが、「鈴木総理がこの宣言を黙殺した」との表現で、日本の新聞で報道された。AP通信とロイター通信は、これを「regect(拒否)した」、とアメリカ国民に伝えた。

有名な政治学者である東大教授の岡義武氏までが、戦後、「鈴木首相がポツダム宣言を黙殺したことが、広島・長崎への原爆投下につながった」と、ずいぶん見当違いの発言をしている。ただ、現在になって、岡教授を批判するのは適当でないかも知れない。

戦後間もなくの日本の「空気」は、「すべて日本の軍部が悪であった。アメリカは善であり人道的な国家である」との認識がとても強かった。いま一つは、現在の我々が読むことができる「50年間非公開の秘密情報」が、当時はまだ開示されてなかったことにその理由があると思う。

東郷外相






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