塩のはなし(1)
「塩の世界史」マーク・カーランスキー著・山本光伸訳(扶桑社)という450ページの大冊が手元にある。冒頭に「夫を塩漬けにする女たち」との題の版画が見える。1157年にパリで作られたという。源義経が生まれる2年前である。
3人の中年女性と1人の中年男性が、若い男を抑え込み、ズボンを脱がせてお尻に小刀で傷をつけて塩をすりこんでいる。かたわらの詩に「体の前と後ろに塩をすりこむことで、やっと男の精力は強くなる」とある。若い男の顔は、「かんべん、かんべん!」といった表情だ。
村に新妻がやってくると、中年女性たちが井戸端会議で、「おたく、週に何回くらいなの?」と卑猥な言葉をかけていたのであろうか。新妻がもじもじしながら答えると、「あら、そんなに少ないの?それは大変!きっと塩が足りないのよ」と、中年女たちが若いご主人をつかまえて塩をすりこむ。
塩分補給なら、スープに塩を多めに入れるとか、いくつもの料理方法があるはずだ。夫の精力を強くするための儀式として、このようなことが行われていたのであろう。中年男性は花嫁さんの父親かもしれない。
心理学者・フロイトの友人にアーネスト・ジョーンズという心理学者がいた、とこの本は紹介する。ジョーンズは1912年に「人間の塩に対する強迫観念」という論文を書き、塩と人間の性欲について自説を述べている。
彼によると、塩は生殖にすこぶる関連性があると、人類は長いあいだ信じてきたという。これは塩辛い海に生息する魚が、陸上の動物よりはるかに多くの子を持つことから、そのように考えられたと主張する。塩を運ぶ船にはネズミがはびこりやすく、ネズミは交尾することなく塩につかるだけで出産できると、何世紀にもわたって人類は信じていたという。
彼は、ローマ人は恋する人間を「サラックス」、すなわち「塩漬けの状態」と呼んだと指摘する。これが「好色な(salacious)」という英語の語源だという。
ジョーンズは、自説を次々と展開していく。
〇ピレネー山脈の人々は、インポテンツを避けるために、新郎新婦が左のポケットに塩を入れて教会に行く習慣があった。
〇フランスでは地方により、新郎だけが塩を持って教会に行くところと、新婦だけが持って行くところがあった。ドイツでは新婦の靴に塩をふりかける習慣があった。
〇友人が新郎・新婦の新居にパンと塩を持って行くのが中世以降のユダヤ教の伝統であった。イギリスではパンを持って行くこよはなかったが、何世紀ものあいだ塩を新居に持参する習慣があった。
〇ボルネオのダヤク族が敵の首を取ってきたときには、性交と塩を控えるという。
〇北米大陸ではその昔、ピマ族がアパッチ族を殺した場合、その男と妻は、3週間性交と塩の摂取とをつつしまなければならなかった。
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