2022年5月9日月曜日

白襷決死隊(4)

 ついに我々は砲台下に肉薄した。昂奮(こうふん)し切った私は勇躍先頭に出て、敵の散兵壕の近くに進み、爆裂弾(ダイナマイト)を思い切ってその中に投げ込んだ。

と、臥せている私の左の足元に、導火線が燃えて今にも爆発せんばかりの爆裂弾がころがっている。敵が投げ返したのだ。いけないッ! と夢中で私はそれを拾い、力いっぱい敵の壕の中へ抛(ほう)りこんだ。その時、左側面から機関銃がうなって、左手を貫通されてしまった。

どくどくと鮮血がしたたり落ちる。慌てて繃帯(ほうたい)をすませ、なにこれしきの事、とさらに前進した。銃剣を以て躍り込もうと立ち上がった時、耳をつんざくような轟然(ごうぜん)たるひびきで、大地が揺さぶられた。地雷の爆発だった。ものすごい土埃(つちぼこり)とともに、多数の戦友たちが空高く跳ね上げられた。手、足、胴体、首がバラバラに落ちてくる惨状だった。

それでも前進した。いたるところで壮絶な白兵戦を演じ、ただ突き、ただ射(い)った。

露兵の中にも勇士はいる。わが身にいくつかの爆弾を結びつけて、密集した我が決死隊の中へまっしぐらに猛進してきた兵もあった。又、石油を全身に浴びこれに火をつけて、さながら火達磨となって猪突してきた兵もある。その気迫は、敵ながらあっぱれであった。

こんぱいした疲れも忘れて戦っていた私が、左手の傷の痛みを強く感じだした頃、谷のほうから一人の露兵が襲ってきた。すばやく身構え、右手に力をこめて、銃剣を突き出すと、敵は、「キャッ」と悲鳴をあげ、両人もろとも、丈余の谷底へ折り重なって墜ちた。

ハッと立ち上げあると、私の銃剣は露兵の右脇腹から尻のところまで貫いていた。私は露兵の身体に足をかけ、力を振りしぼって、ウンウンうなりながら、銃を彼の体から抜き取ろうと焦ったが、いっこうに抜けない。血が凝結してしまっているのだ。どうしようかと途方にくれているうちに、目の前がぼやけてきて、地底に引きずりこまれるような心地がした。そのまま人事不省(じんじふせい)に陥ってしまった。

気がついた時には、水師営の野戦病院のベッドの上にいた。「運の強い男だ」と軍医に言われて帽子を見ると、小銃弾が4発も穴を穿(うが)っていた。全軍、一千名の中、生還せる者は49名。他の951名は壮烈なる戦死を遂げた。



0 件のコメント:

コメントを投稿