2023年9月7日木曜日

シルクロードを旅した野菜(1)大根ー3

 シルクロードのものがたり(26)

大根(3)

ずいぶん大根に力こぶを入れるじゃないか、と笑われるかもしれないが、あと一章だけ大根について書かせていただきたい。

鳥居民(とりい・たみ)という在野の昭和史研家がおられた。2013年に84歳で急逝された。何冊もの著作があるが、全13巻の「昭和二十年」が先生のライフワークである。徹底した調査・考察をもとに「あの戦争」とは何であったのか、を本質から探ろうとした名著である。この中に「大根の話」が出てくる。

私は2007年に「太郎のルーツ~われらは中年開拓団~」というエッセーを出版した。東京から月に一回、一週間、郷里広島県の農園に帰り、子供の頃からの仲間たちと農作業をしているという、百姓日記のような内容である。鳥居先生の「大根の話」を引用させていただき、一冊献本したことがご縁となり、先生の晩年の数年間、ずいぶん可愛がっていただいた。

以下は、鳥居先生の大根の話を、「太郎のルーツ」で紹介した文章である。


別格の野菜・大根

大根という野菜は日本人にとって半端な野菜ではない。別格な野菜と言ってよい。東の横綱が里芋なら、西の横綱は大根である、と私は格付した。大根をどのようにして食べてきたかを調べるだけで、「日本人とは何か」 がわかるような気さえする。

いきなり他人の書物の長い引用も心苦しいが、鳥居民氏の名著「昭和二十年」(草思社刊)より一節を要約してご紹介したい。昭和二十年だけではない。貧しくつましい生活の中で懸命に生きてきた過去何千年かの日本人の姿が、この文章の中に凝縮されているような気がする。

昭和19年9月、東京都渋谷区の常盤松(ときわまつ)国民学校の児童たちは集団疎開(そかい)する。疎開先は富山県城端町(じょうはなまち)である。日本全国食糧の乏しい中、富山県の田舎の人たちは親切に懸命のもてなしをする。自分たちの食も充分でないのに、昭和20年の正月には餅や汁粉や干柿などを児童たちに振舞う。学童たちは大喜びする。多くの少年・少女たちがこの日の喜びを日記に書き残している。読んでいて、その親切な思いやりに胸が熱くなってくる。


だが、ご馳走は正月で終わりだった、、、、、、お汁粉をつぎに食べることができるのはいつのことだかわからない。魚を食べることが出来るのは一ヶ月に2、3回。いったい、子供たちは毎日なにを食べてきたのか。庭に積み上げられ、雪をかぶっていた大根である。これまで長いあいだ、そしてこのさきもずっと日本の準主食の座にあるであろう大根について、もう少し述べることにしよう。

なによりも大根はかて飯(めし)の材料となる。かて飯とは、ご飯を増量することである。麦かて飯といえば、米に大麦をまぜることだ。芋を入れ、南瓜を入れ、昆布も入れるが、大麦を除けば、大根を入れることが一番多い。東北地方では、冬のあいだは毎日、大根飯である。かて飯は米・麦の量の三分の一ぐらいの量の大根を加えるのが普通だが、半々といったところもある。大根は細かく刻む。大根を切るためのかて切り器といった台所道具もある。冬の夜、農家から聞こえてくるたんたんという単調な音は、かて切りで大根を切る音である。

小さく、さいの目に切った大根は、前の晩にいろりの火で水煮しておき、朝、ご飯が炊きあがったときにそれを入れる。さいの目に切ったのをそのままご飯といっしょに炊くところもある。塩はいれない。塩味をつけるとたくさん食べられてしまうからだ。大根葉飯もつくる。大根の葉を刻み、熱湯をかける。米が炊きあがったとき、上にのせる。蒸らしてから混ぜる。大根を収穫してから、まずは大根葉飯をつくることをつつ”け、新鮮な大根葉がなくなってから、大根のかて飯をつくる地域もある。

さて、大根飯を食べるところはもちろん、食べないところでも、大根は農家のいちばんの副食であることは変わりない。農家はふつう、大根が一年中食べられるように、春播きの大根にはじまって、つぎつぎと種を播いていく。そして初冬には大根を漬け込まねばならないから、8月の作付け面積はいちばん広くしなければならない。秋になって大根をとり入れ、どこの農家でも、大根を四斗樽、二斗樽に漬け込む。1月から2月ごろまでに食べる早漬けは甘塩とする。田植え時まで食べる大根漬けは、塩を多くする。初冬に漬け込むだけでなく、土にいけて囲っておいた大根を取り出し、春にもう一度漬けこむところもある。細かったり、折れた大根から干し大根もつくる。これは煮つけにしたり、はりはり漬けにする。

凍(し)み大根もつくる。囲ってあった大根を掘りおこし、洗って輪切りにし、沸騰した湯に入れ、さっとゆでる。ゆでた大根を竹の串にさし、表に吊るす。大根が凍ったり、解けたりしながら、からからに乾くのを待つ。重労働の田植えのご馳走には、この凍み大根と身欠きニシンを煮るところもある。

大根葉を塩漬けにすることろもある。冬のあいだ、この大根葉を雑炊の具にしたり、味噌汁の実にして毎日食べる地方もある。春になって、酸っぱくなった大根葉の漬物の残りをとりだし、煮てから干す。食べるときには、水でもどして味噌で煮つける。はじめに述べたことを繰り返すなら、大根はただの野菜ではない。まさしく日本の準主食なのである。




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