2020年11月9日月曜日

開いた窓(2)

 娘はかすかに身震いして、急に話をやめた。その時、伯母さんが、おそくなったことをしきりに詫びながら、せかせかと部屋に入って来たので、フラムトンはほっとした。

「ヴィアラはちゃんとお相手をしておりましたでしょうか」

「大変面白かったですよ」

「窓を開けっぱなしにしていて、お気になさらないで下さいましね」とサプルトン夫人ははきはきと言った。「主人と弟たちが、もうじき猟から戻って来ますのよ。いつもあの窓から入って来ますの。今日は鴫撃ちに沼地までまいりましたから、帰って来たら、絨毯(じゅうたん)が台なしにされてしまいますわ。男の方って、どなたも同じですわね」

サプルトン夫人は楽しそうに、猟のこと、鳥が減ってきたこと、この冬の鴨猟の予想などをべらべらしゃべり続けた。そのどれを聞いても、フラムトンは気味が悪くてならなかった。やっきになって、もっと愉快なことへ話をそらそうとしたが、あまりうまくいかなかった。気がつくと、夫人は客にはろくに目もくれず、フラムトンを通り越して、空いた窓と、その向こうの芝生の方ばかりちらちら見ている。よりによって、そんな悲しい出来事があったあとに来合わせるなんてなんと間が悪いんだろう。

「どの医者も、完全な休養を取って、興奮することをやめ、はげしい運動のようなものは避けるようにと言っています」とフラムトンは言った。赤の他人とか、ふとした知り合いは、人の病気、その原因、治療について、根掘り葉掘り聞きたがるものだ、という妄想が世間に行き渡っているが、フラムトンもそう錯覚していたのである。「それが食事療法のことになると、どの医者もてんでに違うことを言うんですからね」

「あら、そうですか」とフラムトン夫人はあくびをかみ殺して言った。それからしばらくして、ぱっと顔を輝かせ、急に注意深くなった。しかし、それはフラムトンの言葉に対してではなかった。

「ようやく帰って来ましたわ。ちょうどお茶に間に合いますよ。目のあたりまで泥だらけじゃありませんか」

フラムトンはかすかに身震いして、気の毒そうに、よくわかったと言わんばかりに、姪のほうを見た。姪は目に恐怖の色を浮かべ、呆然と窓の外を見ている。フラムトンは言いようのないほどぞっとして、椅子に座ったままくるりと向きを変え、同じ方向を見た。

忍び寄る夕闇の中を、三人の人影が窓に向かって芝生を歩いて来た。三人とも銃をかかえ、一人は白いレインコートを肩にかけている。茶色のスパニエル犬がそのすぐあとから、ぐったりとなってついて来る。一行は音もなく家に近つ¨いた。やがて、夕闇の中から、”バーディ、お前はなぜ跳ねるのだ” を歌う、若々しい、しわがれた声が聞こえて来た。

フラムトンは夢中でステッキと帽子をつかみ、いちもくさんで逃げ出した。玄関の戸も、砂利道も、表門も、ほとんど目に入らなかった。道を走って来た自転車が衝突しそうになり、あわてて生垣に突っ込んだ。

「ただいま」と白いレインコートを肩にかけた男が言った。「だいぶ泥だらけになったが、あらかた乾いちまったよ。今飛び出して行ったのは誰だい」

「変な方ですよ。ナトルさんという方なんですけど。ご自分の病気のことばかりお話になりましてね。あなた方がお帰りになると、挨拶もせずに飛び出して行かれたんです。幽霊にでも会ったみたいですよ」

「きっと犬のせいだと思うわ」と姪がけろっとして言った。「あの人、犬が大嫌いだと言っていたわ。いつか、ガンジス河の岸で野良犬の群れに追いかけられて、墓地の中に逃げ込み、掘ったばかりのお墓の中で一晩過ごしたことがあるんですって。すぐ頭の上で、犬がうなったり、歯をむいたり、泡を吹いたりしてたそうですよ。そんな目にあえば、誰だって臆病になりますわ」

即興の作り話をするのがこの娘は得意であったのだ。

サキ著・河田智雄訳





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