昭和天皇と鈴木貫太郎(6)
5月23日の深夜、迫水久常は書記官長官舎で瀬島龍三と会った。瀬島は陸軍中佐・参謀本部の作戦部員である。聯合艦隊司令部の参謀も兼任している。33歳の瀬島は42歳の迫水とは姻戚関係にある。
声をかけたのは迫水である。
迫水と会えば、本土決戦に勝算はあるのかと問われるのがわかっていたので、瀬島は迫水に会いたくなかった。たとえ相手が親戚の内閣書記官長であっても、作戦部員が外部の人間に軍の作戦機密を漏らすことはできない。参謀本部は内閣とは切り離された、天皇直下の独立した機関である。だが、瀬島は会うことに決めた。彼は、日本のためには、事実を語り、自分の考えていることを迫水に言わなければならないと決意したのであろう。
午後10時から午前1時までの二人の会談の記録は残っていない。
おそらく瀬島は、「上陸した敵軍を撃滅することはできない」と語ったのであろう。「敵軍が九州・関東に上陸した時、こちらの航空兵力はすでに壊滅している」と言ったに違いない。
5月30日、鈴木総理は米内海相と阿南陸相を自分の部屋に呼び、臨時議会を開きたいのだが、と語りかける。
驚いた米内が鈴木の問いに反対する。「いまのような戦況不利の状態で議会を開けば、いろいろな質問が出ると思います。これに対する肚がはっきり決まってなければ、政府は困るのではありませんか」と米内は言う。
「いや、困りません。あくまで戦います」と鈴木は答える。阿南はこれに同調し、戦い続けるのだと言う。鈴木総理と阿南陸相との間にはすでに打ち合わせができているのでは、と米内は不信感を抱く。「負けても戦争を続けるのですか」と米内は鈴木に問う。「そう、負けても戦います」と鈴木は答える。議会でそいう決意を述べるのかと米内は鈴木に重ねて尋ねると、そうするつもりだとの答えが返ってくる。
米内は海軍の先輩である鈴木を大変尊敬している。その米内にしても、鈴木の本心がどこにあるのか今なおわからない。
この時点において、六人の戦争指導会議のメンバーの中で、日本が連合軍に勝てると考えている者は一人もいない。それではなぜ戦争を続けているのか?
各人の考えに濃淡の差はあるが、総理・鈴木、陸相・阿南、軍令部総長・豊田が考えているのは、「ある一戦において敵に大打撃を与えて有利な条件で戦争を終結させること」であった。具体的に言えば、「国体護持、すなわち天皇制を残すことを、連合国に飲ませたうえでの戦争の終結」である。米内海軍大臣は早期の終戦を考えている。
瀬島龍三 |
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