2021年3月1日月曜日

ジョゼフ・グルーの孤独な奮戦

 昭和天皇と鈴木貫太郎(15)

ドイツが降伏したあと、5月8日にトルーマンは日本に対して声明文を発表した。これは無条件降伏を呼びかけたもので、天皇の地位を保証するとの文言はなかった。この一文を入れない声明にはなんの効果もない、とグルーはくどいほどトルーマンに説いていた。

グルーの孤独感は、新大統領が自分の対日政策にまったく耳を傾けてくれないことにあった。トルーマンの背後にバーンズがいることは、グルーははっきりと感じている。しかし、アメリカのためにも日本のためにも、一刻も早く戦争の終結を急がねばならない。これがルーズベルトの考えを引き継ぐグルーの基本的な考えである。

5月23日と25日の夜、B29の落とした焼夷弾で東京の中心部は焼き尽くされた。皇居内の建物も焼けたとのニュースを聞いたグルーは、居ても立ってもいられなくなった。5月28日、グルーは行動に出た。


彼は大統領に向かって、「現在の皇室の存在を容認するとの条件を日本政府に示し、日本を戦争終結に誘うような大統領演説をおこなうべきだ」と説いた。同時に、「2日あとの5月30日に行う全米向けの、戦没将兵記念日の演説の時これを宣言するのが効果的だ」とも付け加えた。この対日声明文の原稿は、部下のドーマンに命じて昨日の27日(土曜日)に作成させ、グルーはこれを手に持ってトルーマンを訪問した。

これに対してトルーマンは、正面からの返答をせず、「明日の陸海軍長官および両参謀総長との集まりで、その考えを各人に聞いてみるように」と答えた。トルーマンは逃げたのだ。

陸軍長官のスティムソンは、「タイミングが悪い」と言った。ほかの軍首脳も、「いますぐは軍事上の理由により不得策である」と答えた。

グルーは、沖縄戦がまだ続いているからだな、と理解した。弱気になっていると日本側に受け取られるのが陸軍・海軍は嫌なのだ、と思った。

グルーがそう考えたのは、陸軍長官・スティムソンも海軍長官・フォレスタルも、天皇制を存続させるというグルーの考えに、いままではっきりと賛成していたからである。陸海軍の長官にすれば、「天皇制ぐらいは認めてやり、アメリカ側の戦死者を増やさないで、早めに終戦に持ち込むのが得策」と考えるのはごく自然である。

事実上の沖縄戦が終わった6月18日、グルーはふたたびこのことをトルーマンに迫った。しかし再び拒否された。このトルーマンのかたくなな態度は理解できない。なぜなのか?とグルーは考え込む。

このときトルーマンとバーンズは決心していたのだ。最初の原爆実験はニューメキシコの砂漠でやるが、ほんとうの実験は日本の都市でやらなくてはならないと。さらにいえば、「日本の都市での原爆の実験を完了するまで、絶対に日本をして降伏させてはならない」ということだった。天皇の地位を保証する宣言を出すと、原爆を投下する以前に日本は降伏するかもしれない。これだけは絶対に避けねばならない。

このことは、トルーマンとバーンズ二人だけの秘密であった。国務次官のグルーはもちろんのこと、二人は陸海軍の首脳たちにもこの考えを語っていない。


ジョゼフ・グルー





0 件のコメント:

コメントを投稿