成功された方々と夕食などをご一緒した時、「自分は運に恵まれていた」とおっしゃる方が多い。「運」とはなんだろうか、と近頃考えている。
日本海海戦の勝利は、世界史に類がないほどの大勝利であった。
「撃沈されたロシアの軍艦は戦艦六、巡洋艦四、海防艦一、駆逐艦四、仮装巡洋艦四、特務艦三。捕獲されたもの戦艦二、海防艦二、駆逐艦一。抑留されたもの病院船二。脱走中に沈んだもの巡洋艦一、駆逐艦一。マニラ湾や上海など中立国に逃げ込み武装解除されたもの巡洋艦三、駆逐艦一、特務艦二。遁走に成功しロシア領に逃げ込んだものはヨットを改装した小型巡洋艦一、駆逐艦二、運送船一。これに対して、わが日本海軍の損害は小型の水雷艇三隻沈没」と記録にある。
この海戦に参加した二人の将校が、両人とも海軍中将に昇進した後、ある晩一献しながら、この海戦のことを語り合った。梨羽時起と佐藤鉄太郎である。
「佐藤、どうしてあんなに勝ったんだろうか」と先輩の梨羽が言う。
「六分どおり運でしょう」と佐藤が答える。
梨羽はうなつ”き、「僕もそう思っている。しかしあとの四分は何だろう」
しばらく考えたあと、「それも運でしょう」と、佐藤は答えた。
梨羽は笑い出して、六分も運、四分も運ならみな運ではないかというと、佐藤は前の六分は本当の運です。しかしあとの四分は人間の力で開いた運です、といった。
秋山真之は聯合艦隊解散の辞でいう。
「神明はただ平素の鍛錬につとめ戦はずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に休んずる者よりただちにこれを奪う。古人曰く、勝って兜の緒を締めよと」
四分の強運というものは、日ごろの鍛錬と努力によって引き寄せることが出来ると、日露戦争の勇者たちは言う。
もしかしたら、六分の本当の運も、棚の下でぼたもちが落ちてくるのを口を開けて待っているようなものではなく、各人の精神・心構えによって引き寄せることができるのではあるまいか、と近頃考えている。
成功した人々を、遠くから秘かに観察していて、「もしかしたら、この人が運が良くなった理由はこれかな」と思うことが二つほどある。正しいかどうかわからない。ただ何人もの成功者に共通している。これら以外にも理由があるのかも知れないが、今は思いつかない。
一つは、「神仏を敬い先祖の供養を大切にする人」である。歴史上の成功者もそうだが、私の身近な成功者にも、これを実行している人が多い。
いま一つは、「人にものを贈るのが好きな人」が幸運を得ているような気がする。
そういえば、「徒然草」に次のような箇所がある。
「よき友三(みつ)あり。一つにはものくるる友。二つには医師(くすし)。三つには知恵ある友なり」 若い頃私はこれを読んだ時、兼好さまのような偉い方が妙なことをいうなあ、と心の中で笑った記憶がある。しかし、今になって考えれば、この言葉は真実かも知れない。
時に饅頭を送ってくれる奇特な友人がいる。その時は嬉しい。もらった饅頭が旨いからというより、自分のことを気にかけてくれている友人の心が嬉しい。自分がそうなのだから、相手もきっとそうだろうと思い、近頃は古い友人に時々饅頭を贈る。そうすると喜んでくれる。相手に喜ばれるとこちらも嬉しくなる。なんだか運が良くなったような気がする。
「運」という字は「はこぶ」と書く。饅頭でなくてもよい。手紙を含めて、相手が幸せを感じる、心がこもったものを運んでいると、もしかしたら「運が良くなる」のかも知れない。
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