正岡子規は「万葉集」を重んじ、源実朝を高く評価したと聞く。一方で「古今和歌集」・「新古今和歌集」をこきおろし、紀貫之や藤原定家を罵倒している。
「貫之は下手な歌よみにて、古今集はくだらぬ集にて有之候」との「歌よみに与ふる書」の一文は、痛快で小気味が良い。
その辛口の子規が、幕末の勤王歌人・橘曙覧(たちばなの・あけみ)を、次のように激賞している。
「その歌、古今新古今の陳套(ちんとう)に堕(お)ちず、真淵(まぶち)・景樹(かげき)のカキュウに陥らず、万葉を学んで万葉を脱し、瑣事(さじ)俗事を捕らえ来りて、縦横に馳駆(ちく)する処、かへつて高雅蒼老些(こうがそうろうさ)の俗気を帯びず」
年表によると、文化9年(1812)生ー慶応4年(1868)没。越前の人である。
松平春嶽の招聘を断り、清貧のなかで心豊かに一生を終えた人だと聞く。
明治以降、子規をはじめ一部に熱狂的な信奉者がいたらしいが、さほど有名な人物ではない。
1994年、平成天皇・皇后がアメリカを訪問されたとき、ビル・クリントン大統領が歓迎の挨拶の中で、この人の一首「たのしみは 朝おきいでて昨日まで 無かりし花の咲ける見る時」を引用してスピーチをしたことで、その名と歌は脚光を浴びることになった。
ホワイトハウスの中にも知恵者がいたようである。
この曙覧の歌の中で、心惹かれるものをいくつかご紹介したい。
〇 たのしみは 草のいほりの筵(むしろ)敷き ひとりこころを静めをるとき
〇 たのしみは 炭櫃(すびつ)のもとにうち倒れ ゆすり起こすも知らで寝し時
〇 たのしみは 百日(ももか)ひねれど成らぬ歌の ふとおもしろく出(いで)きぬる時
〇 たのしみは 妻子(めこ)むつまじくうちつどい 頭(かしら)ならべて物をくふ時
〇 たのしみは 空暖(そらあたたか)かにうち晴れし 春秋(はるあき)の日に出てありく時
〇 たのしみは 朝おきいでて昨日まで無(なか)りし花の 咲ける見る時
〇 たのしみは あき米櫃(こめびつ)に米いでき 今一月(いまひとつき)はよしといふとき
〇 たのしみは 物識人(ものしりびと)に稀にあひて 古(いに)しえ今を語りあふとき
〇 たのしみは まれに魚煮て児等(こら)皆が うましうましといひて食ふ時
〇 たのしみは 雪ふるさより酒の糟(かす) あぶりて食ひて火にあたる時
〇 たのしみは 書(ふみ)よみ倦(う)めるをりしもあれ 聲(こえ)知る人の門たたく時
〇 たのしみは 銭(ぜに)なくなりてわびおるに 人の来りて銭くれし時
〇 たのしみは 昼寝目ざむる枕べに ことことと湯の煮えてある時
〇 たのしみは とぼしきままに人集め 酒飲め物を食へという時
〇 たのしみは 家内(やうち)五人(いつたり)五たりが 風邪だにひかでありあへる時
〇 たのしみは 機(はた)おりたてて新しき ころもを縫ひて妻(め)が着する時
〇 たのしみは 人も訪(と)ひこず事もなく 心をいれて書(ふみ)を見る時
〇 たのしみは 木芽煮(きのめにや)して大きなる 饅頭を一つほほばりしとき
〇 たのしみは つねに好める焼豆腐 うまく煮たてて食わせけるとき
〇 たのしみは 小豆の飯(めし)の冷えたるを 茶漬(ちゃつ¨け)てふ物になしてくふ時
〇 たのしみは いやなる人の来たりしが 長くもをらでかへりけるとき
〇 たのしみは 戎夷(えみし)よろこぶ世の中に 皇國(みくに)忘れぬ人を見るとき
0 件のコメント:
コメントを投稿