2026年3月9日月曜日

唐代の西域詩・王維(2)

 シルクロードのものがたり(98)

じつは、ここから先は、王維ともシルクロードともまったく関係ない。当時の極東アジアの政治・軍事についての私の考察と私見である。本題からは大いに脱線するが、おつきあいいただければありがたい。


朝鮮半島に「安東府」が置かれたのは漢の時代である。その前に、漢人の衛(えい)氏が朝鮮半島の北部一帯を支配していたが、漢の武帝が軍を派遣してこれを滅ぼした。そして楽浪郡を含め四郡を漢の出先機関とした。すなわち、朝鮮半島の北半分は漢の植民地になった。BC108年のことだ。そして、現在の平壌(ピョンヤン)に「安東府」を置いた。当然ながら、このときの安東府の長官である「安東将軍」は漢人であった。

それから400年後、AD313年に勢力を拡大した高句麗によってこの楽浪郡は滅ぼされた。高句麗以外にも新羅・百済(ひゃくさい)などが勢力を強めてきた。そこで中国は、これらの朝鮮半島の国々の王様に「安東将軍」の称号を与え、間接的に朝鮮半島を支配下に置くという方針に切り替えた。漢人の兵士は引揚げた。中国にとっては軍事費節減にもなった。

当時の中国のやり方は、アメリカ合衆国が現在、日本・韓国・フィリピンなど極東から自国の軍隊を縮小して、それぞれの国に軍事費の負担を増やすよう求めている姿に似ている。


ここで、中国にとって都合の良いことが発生する。「飛んで火にいる夏の虫」と言っても良い。朝鮮半島の東にある列島の国王(倭王)が、「自分も安東将軍に任命して欲しい」と言ってきたのである。中国側は大いに喜んだ。『宋書』には次のようにある。「438年 宋・文帝 倭国王珍(反正天皇?)を安東将軍に叙す」「462年 宋・孝武帝 倭国王の世子の興(安康天皇?)を安東将軍に叙す」

これにより、中国の東方の勢力範囲は日本列島にまで拡大したことになる。

この頃の倭王の多くは「大将軍」の称号が欲しかったようだ。朝鮮半島の国々と同じ「将軍」では面白くない、という気概があったのだろう。宋の順帝、昇明2年(478)の『宋書』の記述はとても面白い。倭王・武(雄略天皇?)が順帝に奉じた上表文には次のようにある。

「自分は東に毛人を征すること五十五国、西は衆夷を服すること六十六国、渡りて海北を平らぐこと九十五国なり」と。あたかも日本列島の面積が中国大陸に匹敵するくらい広いと印象つ”けるような、大言壮語の上表文である。「このような大国の王であるから、自分を安東将軍ではなく安東大将軍に任命して欲しい」と言っているのだ。

このブログで以前、「精力絶倫・雄略天皇」の題でこの天皇のことを紹介した。精力絶倫であると同時に、やる気満々の積極的な気質の人であったようだ。

面白いことに、中国側はこれを認めている。

「詔(みことのり)して武を使持節・都督 倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓・六国諸軍事・安東大将軍・倭王に叙す」との辞令を発している。なんだか「朝鮮半島を含めた極東の政治・軍事はすべてお前さんに任せるよ」と言っているような、たいそうな肩書である。

もっとも、丁寧に中国史の年表を見ると、「宋」という王朝はこの年478年に滅亡して、翌479年には「斉」という王朝が建国されている。その23年後には「斉」もまた滅び、「梁」の武帝があらたな国を建国している。だから、滅亡寸前の宋王朝にとって、倭王・武の肩書どころではなかったのだ。「やりたいというのだから、やらせてやれよ」程度の話で朝儀は決したのであろう。倭王・武は、いわば、どさくさに紛れて安東大将軍になった。

かたや、日本史の年表を見ると、この年478年に雄略天皇は崩御している。安東大将軍になった喜びを、本人が味わったかどうかはわからない。


日本男児の私としては、「日本はいまだかつて他国の属国であったことはない」と言いたいのではあるが、上の出来事からして、残念ながら、3世紀から6世紀の日本が中国の属国であったことは否定できない。

これに真っ向から反旗をひるがえしたのが聖徳太子(574-622)である。この人は偉い人であった。聖徳太子や藤原鎌足・藤原不比等・粟田真人たちの努力で、日本が中国の属国から離れてすでに千数百年が経つ。ただ残念なことに、現在の日本国は、またしてもアメリカ合衆国の属国の立場にある。大きな戦争に負けたのだから仕方がないことかも知れない。

アメリカは太平洋戦争で日本に勝利した。日本の各都市への無差別爆撃や原子爆弾の投下など、非人道的な行為に心やましい気持ちがあったのだろう。戦後、当面の間、食料の援助を含めて日本をおおいに助けてくれた。これには感謝している。その後、ソ連の東アジアへの赤化を食い止める防波堤として、アメリカは自国の西にある日本を「安西将軍」の立場に置いた。日本は経済発展を成し遂げると同時に、アメリカ側の期待に充分に応えた。

そして現在、アメリカは中国の勢力拡大を抑えるため、「日本を安西大将軍にしてやる。だかもっと金を出せよ」と言ってきている。馬鹿なふりをして、嬉しそうな顔をして、この「安西大将軍」の称号を受けるのが良いのだろうか?アメリカ帝国の皇帝様から「安西大将軍」の称号を受けるのは気が進まない。私はこれに躊躇している。そうかといって、中華帝国の皇帝様から「安東大将軍」に任命してもらうのはまっぴらごめんだ。

どうすれば日本は真の独立国家になれるのか。

鎌倉時代、北条時宗の頃のような「凛とした独立国家」になりたいものだ。そのためには、日本人は、そして私自身は、どうすれば良いのか。私は近頃このことをまじめに考えている。







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