さて、このシリーズの冒頭でお話した「定年90歳の会社」のことである。
知人の紹介で、この会社の社長に会うことができた。西新橋にある古いビルで人材紹介の仕事をされている。70代半ば過ぎだが元気そうな人だ。やる気満々の脂ぎった感じの人かと思っていたが、そうではない。ごく普通の人だ。
「90歳まで人材紹介の仕事をされるのですか。頼もしいなあ。私がクビになったら、ひとつよろしく頼みますよ」とお世辞のつもりで言ってみた。
「元気だったら当分の間、この仕事を続けますよ。くたばったら出来ませんなあ。でも90歳でヘッドハンターなんて、みっともなくてやれませんよ」と言われる。なぜみっともないのか分からないが、この人なりの男の美学のようだ。
聞いてみると、この会社には社長以外に従業員が3人いる。一人が77歳の男性、一人が80歳の女性、いま一人が84歳の男性だそうだ。三人とも有能で元気だが、そろそろ年ですから、と引退をほのめかした社員がいたらしい。辞められると困るので「会社の定年を90歳にしましょう」と衝動的に決めたのだという。自分から張り切って定年90歳にしたのではないようだ。自分ももし元気だったら、90歳位までは仕事をするつもりだ、とおっしゃる。
「ヘッドハンターを辞めたら何の仕事をされるのですか?」と水を向けるが、ニヤニヤするだけではっきりとは答えない。話をしていると、「まくわ瓜」「ハミ瓜」「東陵瓜」など、瓜(ウリ)という言葉が頻繁に出てくる。この人は、瓜にずいぶん関心を持っているようだ。
この人の話はとりとめがない。あちこちに話が跳ぶ。瓜の話をしているかと思うと、突然、「召平・しょうへい」という聞いたこともない大昔の人の名前が出てくる。我慢しながら、フムフムと興味深そうに聞いていると、私のことを気に入ってくれたようだ。
「よかったら日を改めて、夕食時においでになりませんか。近くの寿司屋で一献しましょうよ」と誘ってくれる。家族や友人に歴史のうんちくを語りすぎていつも嫌われているんだ、と自分でおっしゃる。私が興味深そうに聞いてくれるのが嬉しいみたいだ。
3日後の夕方、再びこの人のオフィスを訪問した。徒歩2~3分の場所にある寿司屋に連れていかれた。昭和の香りがする普通の寿司屋だ。まずはビールでそのあと、この人は純米酒を冷で一合注文する。私はウイスキーの水割りを頼む。お通し・刺身・焼き魚・お寿司と続くが、味はなかなか良い。この人は機嫌よく農作業のことを得意そうに話す。なんでも、会社の定款には有料職業紹介業ともう一つ、農作物の生産・加工・販売が入っていて、農業も会社の事業の一つだと説明してくれる。どこかの時点で、農業に軸足を移したいと考えているようだ。
広島県の海辺にある実家の農地を会社が借りる形にして、20年ほど前から農業をしている。少額だが農業部門の売り上げもあるそうだ。「里芋とほうれん草は村のプロの農家も一目置くほどの腕前ですよ」と自慢する。近頃は瓜に力を入れているんだが、どうもうまくいかない、とまた瓜の話にもどる。
「秦の始皇帝の頃の人ですが、君は召平(しょうへい)という人を知っていますか」と聞く。まったく知りませんと答えると、この召平という人の一代記を30分ほど聞かされる。初めは我慢して聞いていたのだが、だんだん話に引き込まれていった。面白い。
始皇帝が中国を統一する直前の話だ。召平は当時まだ草深い長安の農家の長男に生れた。15歳のとき一兵卒として秦の軍隊に志願した。武運に恵まれて30代前半の若さで将軍になった。そしてまもなく、東陵候という爵位をもらい、揚子江下流の江南の地を治めることになる。いわば大名になったのだ。
ここまでは良かったのだが、まもなく、秦が滅びて失業してしまった。50歳のとき故郷の長安にもどり、その後50年近く瓜を作って生活した。その瓜の味が良く「東陵瓜」ともてはやされた。死の5日前まで瓜畑の手入れをしていた。そして99歳で亡くなったという。
この人は、召平という瓜作りの名人をずいぶん尊敬しているようだ。自分も召平にあやかりたいと考えているみたいだ。「いつもは日本酒は一合にしていますが、今夜は気分が良いからもう一合頼みますよ!」と女将に追加で注文している。
二合目の冷酒がくると、私の顔を覗きこむように「あまり人には話したことがないんですがねえ」と言う。秘密の話を打ち明けるかのように小声でしゃべりはじめた。初めは照れくさそうにモゾモゾと話すので、言うことがよく分からなかった。整理すると次のような話だ。
10年ほどの前のことだ。この召平という瓜作り名人のことを小説にして「直木賞」が取れないものかと考えた。直木賞を取ったらヘッドハンターを辞めて、文壇にデビューしようと考えた。どうすれば良いかと友人に相談した。ある友人が、文藝春秋社の雑誌に『オール読物』というものがあると教えてくれた。この文芸雑誌で「歴史時代小説新人賞」というのを年一回募集していて、これは新人作家の登竜門だという。南條範夫・藤沢周平・宮部みゆきなどの作家もここで一等賞を取り文壇にデビューしたらしい。これに応募したらどうかとその友人は勧める。合点だとばかりに、すぐに「東陵の瓜」という題で短編小説を書いてこれに応募した。
この年の応募数は980編だった。一等から三等までがこの雑誌に掲載される。一次選抜で30編が選ばれて二次選抜に進み、三等までが入賞となる。いきなり一等賞は無理かもしれないが、自信過剰気味のこの人は、自分の作品が三等までに入る可能性があると踏んでいた。ましてや、一次選抜の30編には軽く選ばれると思っていた。「オール読物」の発売当日、本屋がオープンする前から店の前で待っていた。なんと、一次選抜の30編の中に自分の作品名は載っていなかった。以来ひと月ほどは、ションボリして仕事も手につかなかった。
ひと月ほど経って「そうだ」と思い付いた。自分の会社のホームページのブログにこれを載せた。すると、思いのほか読者の反応が良い。機嫌を直して、またやる気を取り戻したのだという。
「もう一度直木賞にトライしてみてはどうですか」とお世辞のつもりで言ってみた。「いや。もうやりませんよ。今の直木賞の審査員のレベルが低い。今東光・海音寺潮五郎・司馬遼太郎、このあたりが審査員だったら可能性があるんですがねえ」とその人は言う。
「君、時間があるときに私の小説を読んでみてくださいよ」と頼まれた。寿司をご馳走になった手前、週末にブログに載っているこの『東陵の瓜』という小説を読んでみた。構想としてはなかなか良い。気宇壮大で、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』や『世に棲む日々』を彷彿させるような箇所もあり、面白い。ただ、文章表現が幼稚だ。素人の域を出ていない。これでは直木賞は無理だと思った。
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| 明日香 石舞台の桜 |

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