2026年9月17日木曜日

長谷寺(はせでら)

 大和の寺社・参拝紀行(6)

当初、大神神社参拝のあと、大和神社に向かうつもりでいた。地図を見ていたら、大神神社の反対側に、すなわち三輪山の東側に、長谷寺と見える。この寺についての深い知識はないが、昔話の「わらしべ長者」の舞台がこの寺だとは知っている。清少納言がこの寺の石段があまりにも急で険しいので、「私もういやだわ」と駄々をこねたと、どこかで読んだ記憶もある。行ってみたい。

「長谷寺に行く時間があるかなあ?」とF君に聞いてみる。「おお、行ってみようじゃないか。なあに、時間がなくなったら大和神社と石上神宮を明日にすれば良いだけの話だ」との気持ちの良い返事が返ってくる。一緒に旅をするとき、このような心意気は嬉しい。

三輪駅からJRで南にひと駅、桜井駅がある。そこで近鉄大阪線に乗り換え東にふた駅、長谷寺駅がある。運よく待ち時間も少なくこの長谷寺駅に着いた。小さな無人駅でタクシーは見えない。というより、人の姿は一人も見えないのだ。こうなると、地図を頼りに歩く以外にない。

駅は河岸段丘の高台のような場所で、民家や畑を縫うように下に向かって歩いていく。高度にして50~60メートル、距離にして500メートルほど下ると、川が流れていて奈良方面から長谷寺に向かう道に出る。はじめはふつうの田舎道という感じだったが、途中から食堂・土産物屋・宿屋などが見え、門前町の姿になっていく。極寒の2月5日だから人影はほとんど見えない。駅から長谷寺の門前まで、徒歩で20分ほどかかった。


「総本山長谷寺」の立派な石柱が建っている。「開山千三百年記念・大和国総本山長谷寺」と書いた下馬札のかたちの案内板も見える。399段の急な登廊(とうろう)を登っていく。F君も私も年齢の割には健脚だが、それでも二度ほど立ち止まってひと休みした。ズボンを履いてウオーキングシューズ姿の二十一世紀の我々でも、この石段は難儀だ。草履で和服姿の清少納言が「いやになっちゃうわ」と言ったというのは理解できる。

「あれをごらん、この寺の有名な牡丹だよ」とF君が右側の斜面を指さす。真っ赤なボタンの花が藁の菰をかぶって、ポツンポツンとあちこちに咲いている。ただ田舎で農作業をしている私には、2月5日に奈良でボタンが咲いていることに、不自然さを感じる。広島県の海辺にあるわが家の庭のシャクヤクが咲くのは5月上旬だ。あとで寺の女性の方にお聞きしたら、「長谷寺が持っている温室で栽培したものを2月に入ったので移植した」とおっしゃる。七千株のボタンがあり「牡丹の寺」として有名なこの長谷寺は、本格的なボタン栽培の温室を持っている。仏教系の大学の卒業生だけでなく、農学部園芸学科卒業の方もこの寺で働いているそうだ。

本堂は国宝で懸造(かけつ”くり)という建築様式だ。傾斜地に南に向き、前半部分は床下に柱を組み崖面にせり出している。広い舞台があり、下をのぞくと怖い。私は高い場所は苦手だ。この寺の百年ほど後に建立された京都の清水寺も、これと同じ懸造である。

ご本尊の十一面観音立像(重文)の前で手を合わせて拝む。朱鳥(しゅちょう)元年(696年)天武天皇の病気平癒のため道明(どうみょう)上人が建てたという古いお寺だが、室町時代までに7回も焼失している。現在の国宝の本堂は徳川家光の寄進を得て、1650年に建てられた。十一面観音立像は室町時代の1538年の作品で、高さ10メートルを超える木の巨像である。

奈良時代には東大寺の末寺、平安時代中期以降は興福寺の末寺と、この長谷寺は歴史の荒波のなかで幾たびかの変遷があった。戦国時代の1588年に新義真言宗門徒がここに入山して以降、「真言宗豊山派総本山・長谷寺」と名乗っている。真言宗という言葉から、この寺の上にある総本山は高野山・金剛峰寺の気がするのだが、現在はここは独立した総本山だとおっしゃる。このあたりのいきさつや仏教宗派の分類については、不勉強の私にはよくわからない。

その後、寺務所(じむしょ)でご朱印をいただく。堂々たる達筆にも感動したが、それ以上に感激したのは、三人の僧の立派な風貌と立ち居振る舞いである。三人とも三十代に見うけたが、そろってハンサムで大柄なお坊さまだ。優しげな和顔で、私の質問にも親切丁寧に答えてくださる。それでいて威厳がある。「威あって猛からず」という言葉があるが、このような雰囲気の人をいうのだろうと思った。


そのあと、登り下りのある境内を散策すると、ずいぶん多くの桜の巨木が目に入る。2月初旬なので蕾は固いが、春になるとこの寺はどんなにか美しいだろうと思った。機会があれば、もう一度春の花の季節にこの寺を訪問したい。

寺を出るところに、お守りや絵葉書など売っている売店がある。立派な風貌の三人のお坊さまのことが気にかかる。真言宗を名乗るからには、あの方々は高野山大学の卒業生だろうと思って、このことを売店の女性に聞いてみた。

「この寺の僧は全員が大正大学の卒業生です」と答えてくださった。調べてみると、東京都豊島区西巣鴨にある仏教系の大学だが、一つの宗派にこだわらない大学らしい。現在は天台宗・真言宗(豊山派・智山派)・浄土宗・時宗が運営している大学だそうだ。いずれにしても、この大学のトップクラスの卒業生がこの長谷寺に派遣されるのだろう。この寺の三人のお坊さまの顔つきを見るだけで、この大正大学という大学のレベルの高さがわかる。あるいは大学を卒業された後の修行の賜物なのかも知れない。若い頃の最澄様も、道元様も、きっとこの長谷寺のお坊さまのような顔つきであられたに違いない。そう思った。


長谷寺



長谷寺 長い石段の一部



長谷寺 本堂遠望

長谷寺 本堂

長谷寺 ご朱印





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