大和の寺社・参拝紀行(7)
「やまと」と読まないで「おおやまと」と読む。長谷寺参拝のあと、この神社に到着したのは午後2時を過ぎていた。ご祭神は日本大國魂(やまと・おおくにたま)の大神といわれるが、これは大物主神(大国主神)と同一神である。すなわち、大神神社・大和神社の二社とも、主神は大国主命なのだ。大国主命という人は、大柄で頭の良い慈悲深い人だった、との伝承がある。
この神社は、良い言葉でいえば風格があり、朴訥な感じがする。「剛毅木訥仁に近し」の雰囲気があり好感が持てる。言葉を変えれば質素。さらに誤解を恐れずハッキリいえば、かつての栄光に比べると、今はいささか落ちぶれている。このような印象を受ける。
これには、わけがあるのだ。その理由は、戦艦大和が沈没し日本が太平洋戦争で敗北したからである。もし、戦艦大和が健在で日本があの戦争に勝利していたら、この神社は、大神・石上の二社よりも華やかなたたずまいだったに違いない。
じつは、この神社だけではない。神社には家門や企業と同じく栄枯盛衰がある。氏子というかその神社を敬い支持する者の興隆と衰退とを、神社は共にするのである。この神社は帝国海軍が有力サポーターであった。帝国海軍は滅びてしまった。それゆえに、現在は一時的に寂れているのだと私は考えている。源頼朝・足利尊氏・武田信玄・上杉謙信・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康などの大物武将の栄枯盛衰と彼らが支援した神社のそれとは一致する。
上野(こうずけ)国の二之宮・赤城神社も、この大和神社と同じ運命にあった。赤城神社は長い歴史を持つ古社だが、明治六年の神祇官の格付けで「村社」となった。私などが考えてもこれはいささか格下すぎる。「国幣小社」もしくは「国幣中社」に列してもおかしくない由緒ある古社だと思う。
昭和16年12月8日、航空母艦・赤城を旗艦とする帝国海軍機動部隊は、加賀・蒼龍・飛竜・翔鶴・瑞鶴の5隻の空母を率いて、ハワイ真珠湾を攻撃して大勝した。翌17年4月のセイロン沖航空戦では、英空母・ハーミスを含む重巡2隻、駆逐艦2隻を沈めた。
これらの赫赫(かくかく)たる武勲により、「空母・赤城の艦内神社である赤城神社が村社であるのは申し訳ない」という話になり、「国幣小社」に格上げされることが決まった。赤城神社側は大喜びした。これを決めたのは内務省の外局である神祇院(じんぎいん・旧内務省社寺局)である。ところが、残念なことに、すぐあとの昭和17年6月のミッドウェー沖海戦において大敗して、赤城以下4隻の航空母艦はすべて沈没した。これによって、赤城神社の国幣小社への格上げの話はなくなってしまった。
旧海軍の軍艦は、戦艦・航空母艦・巡洋艦などの大型艦だけでなく、駆逐艦・潜水艦に至るまで、その艦にゆかりのある神社の分霊を艦内にお祭りしていた。確認していないが、現在の護衛艦も同じだと思う。もし将来、海上自衛隊が「やまと」という名の護衛艦を建造する時がくれば、防衛省の幹部がこの神社に参拝して、この神社の分霊をいただくことになる。戦艦大和では昭和17年にこの分霊の儀式が行われている。これを「特別神符遷座祭」という。
それゆえに、この大和(おおやまと)神社には、大国主命(おおくにぬしのみこと)だけでなく、第二艦隊司令長官・伊藤整一命(いとうせいいちのみこと)以下、2736柱の戦死された戦艦大和乗組員全員と、護衛した軽巡洋艦矢矧・駆逐艦数隻の英霊たちの全員が、境内祖霊社に合祀されている。一人一人のお名前のあとに、大国主命と同じく「命・みこと」の尊称が記されている。我々は、この人たちのことを忘れてはいけない。
由緒書によると、この神社の創建は第十代・崇神天皇六年とあるから、大神神社と同じ頃の創建ということになる。神域は43ヘクタールと広い。ちょうだいしたご朱印の文字は、堂々とした達筆である。先に述べた理由により、かつての栄光に比べると現在はいささか寂れているものの、あと三百年もしたら、大神・石上両社のような輝きを取り戻すと私は考えている。
由緒書きには「神武天皇の功臣・椎根津彦(しねつひこ)の子孫である市磯長尾市をここの神主とした、その後、その子孫の大倭(おおやまと)氏がこの神社に長く奉仕した」とある。学生時代、学習院大学のヨット部に倭と書いて「やまと」と読む名字の女性がおられた。当時、歴史を感じさせる、なんだか由緒ありげな名前だなあと思っていた。
今考えると、あの人は、もしかしたら神武天皇の功臣の子孫だったのかも知れない。
当時の豪族の居住区跡と、大神・大和・石上各神社の位置関係をながめていて、興味深いことに気が付いた。一番南に位置する大神神社の近くが「大伴氏」の居住区である。その北の大和神社の西側が「大王家」であり、一番北の石上神宮の近くに「物部氏」の居住区がある。写りが鮮明ではないが写真を掲載する。この地図は、なにか大きな古代史の秘密を語っているような気がする。
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| 大和(おおやまと)神社 |
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| 大和(おおやまと)神社 ご朱印 |
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| 畿内豪族分布図 大王家の東側に大和神社がある |




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