2020年7月20日月曜日

東陵の瓜(13)

劉邦が項羽を倒し、天下を統一して漢という国を建てた。都を長安に定めたことも知っている。

会稽の本営で項梁・項羽の配下にいた韓信は、早い時期に劉邦のもとに走り、手柄を重ねて大将軍となり、今や飛ぶ鳥を落とす勢いだとも聞いている。

あの季布は、最後まで項羽に忠義を尽くし、劉邦をさんざん痛めつけた。それゆえに、劉邦が天下を取ったのち、「一番のお尋ね者」としてその首に千金の賞金がかけられた。今は転々と地下に身を隠しているといううわさだ。

「季布は筋を通す男だったからなあ」、召平は可愛がった季布のことを時おり思い出すことがある。李照の竹簡には、季布のその後のことが書いてある。


「劉邦は季布の首に千金の賞をかけて、そのゆくえを探し求めていた。しかし、季布をよく知る周(しゅう)・朱(しゅ)という二人の大物の侠客と漢の高官・夏候嬰(か・こうえい)のとりなしにより、劉邦は季布を許した。いま季布は郎中(ろうじゅう・皇帝の護衛)という重職にある。劉邦はふところの深い人物で、長安の人心はこの男になびいている。これからは良い世の中になると思う」

弟か子供のつもりで、その成長を期待していた季布が生きていて、なおかつ漢の重職で活躍していると聞き、召平はなによりも嬉しい。「そうか。季布は助かったのか。それにしても劉邦という男は底知れぬ器量の持ち主だなあ」

そして、最後に、こう結んである。

「召平の両親は七十を超えたが、元気で下僕たちに農作業の指示をしている。弟二人も嫁をもらい、元気でそれぞれの家庭を営んでいる。召平もそろそろ長安にもどってきたらどうか。子供の時のように仲良く愉快にやろうではないか」

李照は竹馬の友だ。召平と同い年で、川や山で遊ぶときはいつも一緒だった。

「長安に帰るか」

間もなく五十になる召平は思った。裕と浩の気持ちを尋ねてみる。5年前に村の父老の孫娘を嫁にもらい、二人の子供のいる裕はこの地に残り、独身の浩は長安に同行することに決まった。



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