その後、召平は一人で貴賓室に、他の者たちは別棟に案内され夕食をふるまわれた。
夕食の膳がさげられたあと、季布が一人で召平の部屋をたずねてくる。
「お懐かしゅうございます。その節は大変お世話になりありがとうございました。項梁どのが明朝、勅使どのにお目にかかりたいと申しております」
季布はこれだけ言って、すぐに部屋から出て行った。召平には二人だけで語りたいことが山ほどある。おそらく季布も同じであろう。ただ、季布がこのような態度をとるには、それなりのわけがあるに違いない。信を季布の腹中に置く召平は、彼を呼び止めることはしなかった。
翌朝、季布に連れられて項梁との会見の場所に移動する。「帯剣のままで」と季布は言う。項梁がそのように指示したのであろう。誰もいない貴賓向けの部屋の上席に座らされる。季布はすぐに出ていく。
「帯剣のまま俺を上座に座らせるということは、項梁は勅命を受ける腹だ。説明はいらぬ。頭ごなしに勅命を申し渡すのが一番良い」
一人の男が剣を帯びないで入ってくる。この男が項梁か。自分より十歳ほど年長であろうか。召平の前に来ると、両ひざをまげ、頭を床につけて拝礼する。あきらかに勅使をむかえる作法である。
召平は威厳を込めて声を励ます。
「秦の悪政により民は塗炭の苦しみにあえいでいる。張楚王・陳勝は卿(けい)を楚の上柱国に任ず。江南の地はすでに平定された。ただちに兵を率いて北進し、秦を滅ぼすべし」
項梁はだいたいの予想はしていた。しかし、「楚の上柱国」という官名を聞いたとたん、その身体に熱いものがこみあげてくる。大宰相を意味するこの官名は、楚の国独自のものだ。父の項燕は大将軍に昇ったものの、上柱国の地位には就けなかった。この「楚の上柱国」の官名を御旗に掲げて北進すれば、楚の豪傑どもはあらそって俺の傘下に入ってくるに違いない。
「謹んでお受けつかまつります」
項梁は緊張した声で、はっきりと答えた。
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