「張楚上柱國印」の金の印綬を渡そうとすると、項梁はそれをさえぎる。
「しかるべき儀式が必要かと思います。その儀式の席で、今一度、兵や群衆の前で勅命を賜りたいと存じます。そのあとで印綬をお受けしたいと思います」
なるほど、もっともである。この男、馬鹿ではない。召平は妙に感心する。
項梁は現状を次のように語る。
「兵は現在六千おります。将校は五百。将軍は甥の項羽(こうう)を筆頭に、鍾離昧(しょうりまい)・季布(きふ)・韓信(かんしん)を含めて十人。いずれも十万の兵を指揮する力量がございますゆえ、百万の兵であれば今すぐにでも統率できます。項羽はいま、南方で兵を募っており、あと三日もすれば二千の兵を連れてもどってまいります。そのあとで、儀式の日取りを決めさせてください。近郊の群衆を多数集めて、盛大な儀式を執り行いたいと思います。それまでは、ごゆるりとお身体を休められてください」
翌日から、毎夜の宴会になる。仮の駐屯地ながら、山海の珍味がぞくぞくと運ばれてくる。これをもってしても、会稽の民衆が項梁を強く支持していることがよくわかる。接待係の将軍は日ごとに替わる。召平の目から見ても傑物がそろっている。
三日目の晩、季布が接待係として顔を出す。給仕係の男女は入れかわり料理や酒を運ぶが、他の将軍や将校は同席しない。召平と季布は、それ以降のことを存分に語り合うことができた。
「項梁殿と項羽殿が、会稽の郡守・殷通(いんつう)の首を斬ったのは三ヶ月ほど前です。自分は7年前から項梁殿に仕えております。同時に、甥の項羽殿に剣術や学問を教えておりました。項羽殿は気性が激しく個性の強いお方ですが、いわば天才です。ゆくゆくは、項梁殿はこの甥に総大将の地位を譲る気でおられます。ほかの将軍の意見は聞かないが、私の言うことには耳を傾けてくれます。項羽殿が十七歳のときから、兄弟分として付き合ってきたからでしょう」
召平は気になっていることをたずねる。
「俺のことは項梁にどこまで話しているのだ?」
「すべて本当のことを話しました。項梁殿は勘の鋭いお方です。そのほうが良いと思いましたので。長安の農民の出で一兵卒から大将軍・東陵侯になられた。自分は一年間その館でお世話になった。ただ、軍歴は蒙恬大将軍のもとで北方の匈奴征伐が中心であり、楚への遠征軍の中には加わっていない。しかし、このことは項梁殿の胸に秘めて、激情家の項羽殿の耳には入れないほうが良いと思います。と述べ項梁殿も同意されました。ただ陳王の勅使ということは間違いのない事実です。と言ってあり、項梁殿はそれを信じておられます。先日、侯の部屋を訪問した時は、同僚の韓信が何かを感じたのか、部下の将校に私を尾行させていたのが判ったので、早々と失礼した次第です」
完璧な対応である。それにしても季布は項梁によほど信頼されているらしい。
軍団が出発する朝である。空は快晴だ。色とりどりの旗やのぼりが風にはためいている。
項梁は項羽以下の将軍に命じ、今日の儀式のことを四方八方の住民たちに喧伝していた。
八千の将兵を、十万の群衆が仰ぎ見るようなまなざしで取り囲んでいる。
召平は、しんみょうな顔で直立する項梁に重々しく命令を下す。項羽以下の将軍たちも緊張した顔つきでかたずを飲んでいる。
「卿(けい)を張楚国の上柱国に任ず。江南の地はすでに平定された。ただちに兵を率いて北進し秦を滅ぼすべし」
同時に金の印綬を項梁に手渡す。
そのあと、項梁が檀上に立ち、ひと声大きく発す。
「前へ!」
八千の将兵は、「大楚! 大楚! 」と叫びながら、一団、また一団と隊列を組んで、北に向かって進軍していった。十万の群衆は狂ったように、「大楚! 大楚!」の歓呼の声を張り上げて、最後の兵士の一人が見えなくなるまで、その軍団を見送った。
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